Furth (1986) "Note on Aristotle's PNC"

  • Montgomery Furth (1986) "A Note on Aristotle's Principle of Non-Contradiction" Canadian Journal of Philosophy 16(3), 371-382.

Cohen (1986) とともに Code (1986) に応答する論文.まさかの「Code は正しい」という趣旨.III 節で何をやっているのかいまいちよく分からない.


Irwin, Lukasiewicz, Owen については多言しない.Code の解釈が大筋で正しいと思うからだ.以下では資料に照らして Code 解釈の若干の改良を試みる.

I

〔Code の APo. 解釈に基づいて自体性と類種ツリーについて論じる.ここでは省略.〕

II

アリストテレスの言に従えば,PNC を確立したり,PNC を認めるよう説得したりすることは,誰にもできないはずである.そこで Code は,論駁的論証が示すのは PNC そのものではなく,PNC を修飾する,〈あるもの〉それ自体の自体的属性だと理解する (Code は「公理の属性」という言い方をするが,おそらく公理には属性はないので,こうした言い方のほうがよい).

この解釈は Γ3 および Γ4 冒頭にうまく当てはまる.問題は ἔστι δ᾽ ἀποδεῖξαι ἐλεγκτικῶς καὶ περὶ τούτου ὅτι ἀδύνατον (1006a12) 以降もそれで読めるかどうかだが,私は可能だと思う.私自身は Γ4 の論駁的論証に二つの (ほぼ同等な)「エレンコス的」傾向を見て取ってきた: (1) PNC が真であるのみならず,PNC を否定しようと試みることもできないことを示していること,(2) PNC の否定をその他のナンセンスと結びつけていること.以下では Γ4 のいくつかの論証をこの観点から粗描的に扱う.

III

アリストテレスは論敵に対して,最初に「何か一つのものを意味する有意味なことを言え」と命じる.これは実のところ理論的負荷のかかった命令である.

例とされるのは「人間」で,これが「二足の動物」を意味するとされる.後者は「人間であるとは何であるか」である.「人間」と「二足の動物」は,ローブと外套が一つだという意味で,一つなのだ.

ここで「X の本質」および「本質を持つ X」という表現の多義性に注意しなければならない: 個物は本質を持たないので,ソクラテスは本質を持たない.ただし人間である限りで,人間の本質を持ちはする.3つの項がある: (1) 人間,(2) 人間の本質,(3) 個体ソクラテス.1 と 2 は同一である (種と,定義的に分析された種).2 と 3 は同一ではない (この関係は Z6 で探究される).

Γ4 では論敵が「人間」と言い,次に「人間でない」と言って,両方で同じものを意味する.これに対してアリストテレスはこれは不可能だとする:

  1. 「人間」と「人間でない」が違うものを意味しないとすれば,
  2. 非人間の本質と人間の本質も異なりはせず,
  3. 人間の本質は非人間の本質となる.というのも,両者は一つだから.(1006b22-25)
  4. だが,「人間」が一つのものを意味するなら,人間の本質がまさに人間の本質でないものであることはできない.(b13-15)
    • なぜか.以下の 8. の後に興味深い議論がある: 白いことと人間であることさえ異なるのだから,人間と非人間の本質はなおさら (Ross: a fortiori) 異なる (1007a1-4).
  5. それゆえ,何かが人間であるなら,それは二足の動物である.
  6. だが,これが必然であるなら,それが同時に二足の動物でないことは不可能だ.
  7. (というのも,それが「必然」の意味だから.)
  8. ゆえに,何かが人間であり,かつ人間でないことはできない.(1006b28-34)
  9. 1.-4. より,人間の本質があれば,これは非人間の本質であったり,人間の本質でなかったりはしない.そして,実体を意味するとは,その本質が他のものでないことを含意する.(1007a23-27)
  10. しかし人間の本質が非人間の本質だったり,人間の本質でなかったりするなら,人間の本質は何か他のものになるだろう.(1007a27-29)
    • i.e. 人間の本質と非人間の本質が同一なら,人間と人間の本質が同一でなくなってしまう.
  11. ゆえに論敵は,「こうした定義は不可能で,全ては付帯的にある」と言わねばならない.
  12. というのも,「白いものはまさに白いものホペル・レウコンではない」という点で,実体と付帯性は区別されるから.(1007a33-b18)
    • 人間の本質と色の本質は同一ではない.
  13. しかし,万物が付帯的に語られるなら,何も第一の主体ではなく,述定が無限に続くが,これは不可能である…… (1007a33b1)
    • 実際のところ,別の選択肢もあると思われる: 第一の主体はあるが,それの本質が存在しないため,説明不可能ななまの所与となっている.そして,本質的属性を持たないため,それなしには存在し得ないような属性がない.ここから PNC の否定に至る議論をアリストテレスがしたら興味深かっただろう.