ヒッポリュトスによるシモン・マグスの諸資料の扱い Osborne (1987) Rethinking EGP, Ch.2

  • Catherine Osborne (1987) Rethinking Early Greek Philosophy. Cornell University Press.
    • Part One: The Test Cases.
      • 2. Simon Magus. 68-84.

Haer. 6 冒頭でヒッポリュトスはシモン・マグスの生涯と教説を解説する.シモン・マグスはグノーシス主義の祖とされており,初期教会最大の敵であって,擬クレメンス HomiliaeRecognitiones にも詳細な逸話が残っている.ヒッポリュトスの報告はユスティノス,エイレナイオスやクレメンス偽書と共通の伝統に属するが,同時に Apophasis Megalê というシモンの著作を読んでいると主張しており,これは他の現存著作には引用がない.

ヒッポリュトスによる Apophasis Megalê の解説の正確さには論争がある.この問題自体は本書の趣旨にはあまり関係ないが,φησίν の用法の調査結果はこの問題に影響するだろう (彼の Apophasis Megalê の扱い方は Appx. B で取り上げる).むしろテストケースとしては,伝記的な箇所のほうが重要である.

シモン・マグスのサマリアの生まれ故郷 (6.7) は,おそらく最古の資料であるユスティノスに言及があり (Apol. 1.26.2),エイレナイオスにはない.シモンがローマ人に自分が神だと信じさせたというユスティノスの挙げる虚偽の逸話は,エイレナイオスにも見えるが,ヒッポリュトスは採らない.ローマ訪問は末尾でついでに言及されるだけである (6.20.2).

ヒッポリュトスは,後代の異端者がシモンと同じことを言っていることを論証すると予告する (6.7).これは 6.20.4 でウァレンティヌスとの比較を通じて果たされる.シモンはしばしば全異端の祖と言われるにも拘らず,詳しい類似性の提示を試みている現存著作は Haer. だけである.

ヒッポリュトスが単に他人の著作の抜粋をまとめ上げただけでなく,自分の著作の構造的連続性に関心を持っていることがわかる.

  • 7章のシモンの魔術的実践に関する議論は,トラシュメデスの著作への (lacuna となっている) 参照のほか,4巻の魔術の解説を引いている.
  • 6.7-8 のアプセトスの物語によれば,自身が神であるというアプセトスの言葉に欺かれ得たのは「愚かなリビア人」だけであり,ギリシャ人は欺き得なかった.シモンに関しても同様である (6.18.2).アプセトスの物語は Maximus Tyrius 29.4; Aelianus Var. Hist. 14.30; および Dio Chrysostomus, Orat. 1.14 の古注にヴァージョンが見られるが,これらには「抜け目ないギリシャ人は騙せなかった」というひねりはない.ヒッポリュトスが参照したヴァージョンがそうだった可能性もあるが,自分の結論に適合させるためのヒッポリュトス自身の措置であった可能性もある.
  • 6.19-20 のシモンとヘレネの物語はほとんどがエイレナイオス (Adv. Haer. 1.23) から採られているが,順序が入れ替わっている: ヒッポリュトスはエイレナイオスと異なり,シモンではなくヘレネから始め,時系列に沿って話を勧め,その後にシモンを導入する.ほぼ話の繰り返しがないことも特徴である.これはシモンについての読者の知識を仮定した書き方である.

結論として,ヒッポリュトスは話の構成にかなりの注意を払い,技量を発揮している.またエイレナイオスのテクストの組み換えからは,彼がテクストより自分のノートから文章を組み立てていることが示唆される.