アリストテレスの学知論の困難 Irwin (1988) AFP, Ch.7
- T. H. Irwin (1988) Aristotle's First Principles, Oxford University Press.
- Chap.7. Puzzles about Science. 134-150.
ワープ.この本の第一部は卒論を書くときに読むべきだったのではないか (形而上学的な諸前提にずっともやもやしていたので).
73. 直観
これまでアリストテレスの知識論がいかにして形而上学実在論と認識論的基礎付け主義から生じたかを見てきた.彼の論は,問答法自体では第一原理を基礎づけ得ないことを含意している.それゆえ別の原理把握の説明を要する.
第一原理は推論的に正当化できないために,非推論的直観が要求される.直観理論は独立の過誤ではなく,分析論の中心的前提から結果するものと言える.
74. 直観についての説
第一原理は νοῦς によって把握される (APo. II.19).νοῦς はおそらく帰納の産物だが,帰納から保証を得るわけではない; アリストテレスは νοῦς の本性上の先行性を強く主張する (100b5-12).
75. 直観と探究
だが直観とは彼の方法論の認めないショートカットではないか.――これに応じてアリストテレスは,直観に先んじて探究が必要であり,直観は発見法的な探究を元にして形成されるものなのだ,と言いうる.この限りで問答法と経験的探究は同じ機能と限界とを持つ.しかし一方で,問答法は経験的探究と違い,始点となる現れの客観的正しさの保証がないために,直観の適切な基盤をなさない.
76. 問答法と正当化
アリストテレスによる問答法の効力の留保は,直観の必要性を説明する.この留保はプラトンと対照的である (cf. Resp.).
77. 問答法の批判
形而上学的実在論+認識論的基礎づけ主義は一切のプラトン式の正当化を排除する.アリストテレスは正当化の根拠をむしろ知覚的現れに求める.個別科学が客観的真理を主張しうるのは,それが特定の範囲の現れを説明するからである.そこでアリストテレスは,原理が結論に「固有」(οἰκεῖαι) であることを求める.固有の原理の正当化を学知に外的な原理によって求めるのは無意味であり望み薄である.
正当化に関する基礎付け主義は,問答法の役割と普遍学の可能性の二点でプラトンと相違する理由となる.問答法は整合性しか担保しないので,普遍学でもありえない.また問答法以外に普遍学がありうると考えるべき理由もない.直観理論は個別科学の自律性を支持する; アリストテレスのプラトンとの論争は,彼が直観の理論を要した理由を説明する.こうした理由から,アリストテレスに直観的 νοῦς の理論を帰属させるのは合理的である.
78. アリストテレスの解決法への異論
直観理論の帰属をためらう理由の一つは,直観理論の正しさへの疑いである.問答法や経験的探究が直観を正当化すると言うことはできないが,そうだとすると,直観がそれらの所産であることを説明できない.直観理論を支持するにはそれが整合説の唯一の代替案だと言うしかないが,整合説よりましだと言える保証もない.直観理論は不可能と思われる認知状態を要求するものだからだ.
79. 直観と共通原理
特に公理の説明において困難が生じる.APo. では公理は自律的な諸個別科学の構造に押し込まれている.同様の問題は実のところ学知の構造全体についても言える.分析論の議論は知識・定義・本質・説明等々についての一般的信念に依拠する点で問答法的だからだ.
80. アリストテレスの立場の諸困難
アリストテレスは,個別科学中の公理 (問答法的結論の特殊なヴァージョン) は個別科学にとって基礎的・必然的であるがゆえに νοῦς の対象となるのだ,と主張するかもしれない.しかし,実際にそうしたつながりを見出すのは困難だし,できるとしても再び推論による正当化になってしまう.
そういうわけで,公理の特殊事例を νοῦς が捉える仕方は説明しようがない.しかし一方で,それを単なる問答法の結論だと認める道も閉ざされている.
81. アリストテレスの立場の諸帰結
アリストテレスのプラトン批判は20世紀の実証主義による科学の形而上学からの解放の試みに類比的であり,抱えている (自己論駁的という) 困難の点でもそうである.アリストテレスの場合は論敵の主張が無意味だと主張しなくてよい分まだましだが,いずれにせよ,問答法的主張は知識ではなく信念でしかないと主張する限り,諸学知の共通原理の客観的真理性の説明を求められる.個別科学は,非科学的哲学の結論を前提するために,前提の非科学的地位に汚染されているように思われるのである.
というわけで,真理・知識・正当化についての従来の想定のどれかを退けねばならない.
82. 解かれていない諸パズル
アリストテレスを基礎付け主義に向かわせるのは,整合性に対する三つの批判である: (1) もし整合性が単に命題間の関係なら,それだけでは最初の信念に対する正当化をもたらせない.(2) 正当化が何かを真だと信じることの正当化であり,真であることが客観的現実との対応に存するなら,単なる信念間の関係は現実との関係を保証しないため,正当性をもたらさない.(3) 正当化が信念への異議の根拠を決定的に取り除くことを意味するなら,循環や無限後退は正当化をもたらさない.ゆえに整合性による正当化はできない.
ただし (3) は充足不能な要求を課すように思われる.そうである以上,この点を放棄した場合の帰結は検討の余地がある.(1) は最初の現れに信頼性を帰属できれば解決する.(2) に他の著作でどう答えているかは後述する.