経験的探究と問答法の対比 Irwin (1988) AFP, Ch.2

  • T. H. Irwin (1988) Aristotle's First Principles, Oxford University Press.
    • Chap.2. Inquiry and Dialectic. 26-50.

(正確さは多少犠牲にして) ごくざっくり読む.


10. 探究のねらい

アリストテレスは二種類の探究を区別している: ナイーヴな実在論に依拠し感覚データに訴える経験的探究と,予め正しいとは断定しない一般的信念の集合から始める問答法.――もっとも,それほどナイーヴでない経験的探究観を採用しても,この対比は残る.

問題は,問答法の帰結がどう客観的原理たりうるのか分からないことだ.そこで,アリストテレスが問答法について何を所与としているか見てみる価値がある.

11. 方法の研究

アリストテレスは我々に,個別の探究だけでなく,異なる探究方法の評価も求める.そうした評価能力は παιδεία の所産である (PA 639a4-15).教養ある人は,個別の探究が何をもたらすか (ἀκρίβεια),また何を所与として何を示すのかを知らなければならない.また学知とされるものが真正の学知と言えるかどうか,したがって第一原理に適合するか,も見極める必要がある.プラトンはこれを問答家の役割とした.アリストテレスは明言しないが,おそらく同様である:「『分析論』についての無知」(1005b2-5) とは論証形成・理解能力の欠如ではなく,論証の機能と限界についての無知であり,それを知ることは問答法の能力の一部なのだ.

12. 第一原理への道

探究は φαινόμενα から始まる.これは経験的探究によって把握されるもののこともあれば (APr. 46a17-27),共通の信念を指すこともある (EN 1145b2-7); これらの文章は二種類の探究のおおまかな区別を示唆する.

13. 経験的始点

「現れ」の意味の一つは,我々が論証・反省なしに受け入れていることであり,この意味では ἔνδοξα も現れである.だが別の文脈では,とりわけ感覚に近いものが現れと呼ばれる.アリストテレスはしばしば,偽だったりミスリーディングな現れの可能性に,我々が期待するほど注意していないことがある.

14. データの蓄積

とはいえアリストテレスは,真なる現れを取り出す試みを行っている: 理論の基礎をなす現れは,我々が最初に受け入れるものではなく,経験 (ἐμπειρία) と 探究 (ἱστορία) の結果得られるものである.また探究においては ἀπορίαι の発見も行われる.その意味で現れとはむしろ観察 (observation)・観察事実 (observed facts) である.

15. 帰納

上記のプロセスの後に帰納が行われる.アリストテレスは,帰納とは主として一般化であると述べている.仮に探究と経験が既に正しい説明的仮説を含む感覚的判断を生み出しているという理論構成になっていれば,その想定も合理的だっただろう.しかし実際には探究と経験は理論形成の前段階にすぎない.ここに大問題がある.

16. 理論の評価

理論は他の現れとの対比によってテストされねばならない.全ての現れとの合致は要件ではないが,権威ある知覚的現れとの合致は必要である (DC 306a7-17).他にもいくつか要件がある.

テストの時点ではどれが権威ある現れかは明らかだと想定されている; アリストテレスは理論を反復的観察からの一般化によって安全な仕方で構築できると考えている.この意味でテストに関する見解も探究・帰納の説明と同じ想定に依拠している.

17. アリストテレスの経験的方法についての結論

アリストテレスの探究・発見論はいくつかの問題を抱えている:

  1. 真なる感覚的現れが帰納と理論テストの基礎となると彼は考えているが,その同定には理論的信念が必要なはずだ.
  2. 帰納によって一般化が可能であるかのように彼は述べているが,正しい種類の一般化には正しい種の把握を要するはずだ.
  3. 現れと衝突する理論を斥けるには,権威ある感覚的現れを見つけなければならないが,その際には理論が必要である.

経験主義による実在論擁護は認識論的基礎付け主義と密接に結びついている.アリストテレスによる上記の実在論擁護を拒否するには,基礎付け主義を拒否するか,アリストテレスの現れが基礎として適切でないと言えればよい.実際アリストテレスが基礎付け主義を認める方に傾いているように見えるときもある.

18. 問答法の機能

問答法は三つの役割がある: (1) 訓練,(2) 一般的信念との対決,(3) 学問的原理への道程.

(3) は (1), (2) に依存する.詳しく見れば分かるように,(3) の探究は経験的探究とは別の方法だと思われる (一部をなすとか,実質的に同じであるとかいうわけではない).

19. 問答法の始点

問答法の始点となる現れは一般的信念であり,経験的探究の始点となる現れとは原則的に異なる (重なる場合はあるにせよ).また扱い方も違う.

20. 問答法的パズル

問答法では現れを措定した後に ἀπορίαι を検討する.ἀπορίαι は (1) 問題点をはっきりさせ,(2) 解法の必要条件を明確化し,(3) ありうる正反対の解法を明らかにする (Met. 995a27-b4).この手続きは経験的探究におけるのとは異なり,問答法においては本質的な契機である.ここで探究されるのは主観的には未だ問題と思われていない「客観的」パズルである.

21. 問答法的パズルと問答法のねらい

経験的探究の場合,現れ自体の正当化が必要だとアリストテレスは考えていない.必要なのは現れの確証ではなく,それに適合する理論の発見である.これに対して,問答法の場合には現れ自体の正当化が必要である.この正当化はパズルへの応答を通じてなされる.

22. 理論の構築

経験的探究は個別から普遍に進むが,問答法の場合は必ずしもそうではない; 普遍から個別に進まねばならないと言うことさえある (Phys. 184a16-26).これは現れの性格の違いを反映している.問答法は経験的探究と異なり当初の混乱した信念の明確化をこととするのだ.アリストテレスはしばしば「新たにスタートを切る」(make a new start) という言い方をする.(もはや) 客観的パズルが生じる余地のない現れだけから始めて,答えを定式化するのだ (建設的問答法 constructive dialectic).

23. 問答法的理論の評価

アリストテレスは基本的には一般的通念の放棄を嫌うが (EN 1172b35ff.),例外もある (無限や空虚の拒否など).「新たなスタート」は当初の諸信念がどの程度信頼でき,どの程度までパズルを回避できるかを示す必要がある.正しい理論は正しい現れを生み出し・説明し・支持するほか,なぜ偽なる現れが尤もらしく現れていたのかも説明する必要がある.

24. 問答法の特別な役割

経験的探究が無知や信念の欠如を取り除くことに関わるのに対し,問答法は信念内での衝突や困難を扱う.この意味で相対的に非経験的であり,特に経験の前提をなす問題は問答法の領分となる (変化の存在や PNC など).これはカント的な説明だが,アリストテレスが問答法についての一般的な問題に面したなら念頭に浮かんだだろう応答と言える.

25. 問答法についての諸問題

経験的探究に関する彼の見解は素朴な実在論である.問答法に関してはそれほど素朴でない代わりにそれほど実在論的でない.そういうわけで,アリストテレスの方法論的な説明は不満足である.我々は Cat.Phys. に同様の問題を見て取れ,Met. によりよい説明を見出すことができる.