アリストテレス論理学における内的否定とその意義 Izgin (2020) "Internal Negation"

  • Christopher Izgin (2020) "Internal Negation and the Principles of Non-Contradiction and of Excluded Middle in Aristotle" History and Philosophy of Logic 41(1), 1-15.

1. 序論

  • アリストテレスの項論理学とストア派や現代の論理学の違いの一つは,否定の位置にある.前者の場合は内的否定 (internal negation),後者の場合は外的否定 (external negation).
  • 外的否定を用いてアリストテレスの PNC/PEM を定式化すると,不正確な描像になってしまう.

2. アリストテレスの内的否定と現代的な外的否定

  • 注意: ここでの内的/外的の区別は,量化の内外の区別ではない.
  • 内的否定は,
    • 命題に適用されるのではなく,二つの項を結びつける.
      • ゆえに繰り返し可能ではない.
      • なお項の否定とは区別されねばならない.
    • 内的肯定と同じレベルにあり,原子式と見なせる (\lnot p のような,肯定より複雑な式ではない).

3. アリストテレス的命題の論理的統語論と意味論

  • 以下では言明的な・現在時制の・コピュラ的/述定的・単称ないし定型 (categorical) 命題のみを考える.
  • 以下の記号法を提案する:
    • 'P': 述項変項,'S': 主項変項.
    • '+': 述語肯定,'-': 述語否定.
    • '_{U}': 全称量化,'_\bar{U}: 非全称量化.
      • 例: '(P+_{\bar{U}}S)': P holds of some S.
  • これに以下の意味論を与えることができる:
    • (P+S) = 1 \Leftrightarrow \exists x(x=s)\land\forall x((x=s)\rightarrow Px)
    • (P+_{U}S) = 1 \Leftrightarrow \exists xSx\land\forall(Sx\rightarrow Px)
    • (P+_{\bar{U}}S) = 1 \Leftrightarrow \exists xSx\land\lnot\forall(Sx\rightarrow \lnot Px)
    • (P-S) = 1 \Leftrightarrow \lnot\exists x(x=s)\lor \lnot\forall x((x=s)\rightarrow Px)
    • (P-_{U}S) = 1 \Leftrightarrow \lnot\exists xSx\lor \forall x((x=s)\rightarrow \lnot Px)
    • (P-_{\bar{U}}S) = 1 \Leftrightarrow \lnot\exists xSx\lor \lnot\forall x(Sx\rightarrow Px)
  • 以上は伝統的な aeio 表記とは異なり質と量を区別しているほか,+ と - によってコピュラ的側面を明示している.
  • このとき (P+S)(P-S)(P+_{U}S)(P-_{U}S)(P+_{\bar{U}}S)(P-_{\bar{U}}S) が矛盾言明対.

4. アリストテレスにおける無矛盾律排中律

4.1 各原理の肯定的/否定的形式

  • 以下では Łukasiewicz のいわゆる「論理的」定式化に集中し,特に Gottlieb 2019 の言う (矛盾言明対における真理値の割り当てに言及する)「意味論的」ヴァージョンを検討する.
  • PNC には二つの形式がある:
    • 否定的形式 (PNCneg): 矛盾言明対の両方が真ではありえない (Γ6, 1011b13-4; b16-7).
    • 肯定的形式 (PNCpos): 矛盾言明対の (少なくとも) 一方は偽でなければならない (Γ8, 1012b12-3).
  • PEM にも二つある (Γ7, 1011b23-4):
    • 否定的形式 (PEMneg): 矛盾言明対の両方が偽ではありえない.
    • 肯定的形式 (PEMpos): 矛盾言明対の (少なくとも) 一方は真でなければならない.
  • PNC は両方が偽である可能性を排除せず,PEM は両方が真である可能性を排除しない.
    • 他方,¬PNC の場合,「全ての矛盾言明が偽である」と「ある矛盾言明が偽でない」がともに真でありえ,その場合 PEM が破られる.
    • また ¬PEM の場合,「どの矛盾言明も偽でない」と「ある矛盾言明が偽である」がともに偽でありえ,その場合 PNC が破られる.
  • アリストテレスの PNC/PEM は,現代のそれと違って,繰り返し現れる同じ命題 p についての命題ではなく,区別される二つの命題に関する規則である.

4.2 正統的形式的アプローチとその不満

  • 以下では Cavini 1998 の様相述語論理を用いた正統的アプローチを検討する.
  • Cavini は PEMneg と PEMpos が同値であることを以下のように表現する:
    • (PEMC) \Box\forall P\forall x(Px\lor\lnot Px)\leftrightarrow\lnot\Diamond\exists P\exists x(\lnot Px\land\lnot\lnot Px)
    • これにはいくつか問題がある.
      1. 定型的な矛盾言明を扱えていない (個体を含む命題しかカヴァーしていない).
      2. \lnot\lnot Px の二つの \lnot は意味が異なる.
      3. 無制限な二重否定除去 (LDN) を前提している.つまり LDN を用いると,偽なる否定が真なる肯定と論理的に同値になる.このとき意味論的な値が命題の内的構造に影響することになるが,それはアリストテレス的な考え方ではない.
  • Cavini の定式化では,問題 2 と 3 により,PEM と PNC の区別がつかなくなる.PNC は以下のようになるだろう:
    • (PNCC*) \Box\forall P\forall x(\lnot Px\lor\lnot\lnot Px)\leftrightarrow\lnot\Diamond\exists P\exists x(Px\land\lnot Px)
      • PEMC と PNCC* は同値である.

4.3 アリストテレスの原理への非正統的形式的アプローチ

  • PNC や PEM は以下のように定式化できる.
  • (PNCpos):
    • (sing.) \Box\forall P\forall S(\lnot(P+S)\lor\lnot(P-S) )
    • (A-O) \Box\forall P\forall S(\lnot(P+_{U}S)\lor\lnot(P-_{U}S) )
    • (I-E) \Box\forall P\forall S(\lnot(P+_{\bar{U}}S)\lor\lnot(P-_{\bar{U}}S) ).〔ほかは略.〕

4.4 診断

  • Lear 1980 は,「命題は主述構造をもつのだから,命題否定と述語否定を区別する必要はない」と主張する.だが Horn 2001 はより慎重に,この区別をしないとアリストテレスのヴィジョンに忠実でないと論じる.本論文では,この区別をしないことが実際に PNC と PEM に関する誤った描像に導くことを示した.
  • 分析のポイントは,外的オペレータに命題の内的構造が影響されてはいけない,という点にある.
    • 統語論的オペレータと意味論的値は独立でなければならない.また,内的否定は真理関数的ではないので,真理関数的な外的否定によって翻訳されてはならない.
  • なお:
    1. 存在命題,様相ないし時制つき命題は別途要検討である.
    2. 正統的アプローチには別の解決もありうる.
    3. PNC/PEM の新たな形式化は三つの式からなるが,一つにまとめることもできる: (PNCneg) \lnot\Diamond(c^{+}\land c^{-}) など.
      • これはすべての矛盾言明対を扱える.
      • だが,推論理論に適用できない,命題論理っぽくなりアリストテレス論理学の定式化としてミスリーディングになる,矛盾言明対の様々な要件を前提している,などの問題がある.
    4. 新たな定式化はアリストテレスの形式論理と現代の論理をはっきり区別する.それゆえ前者が真理関数的でなく LDN やド・モルガンの法則などをもたないこともはっきりする.
    5. 新たな定式化は真偽のメタ言語的述語に訴えない.だが,この定式化はすでにアリストテレス的対象言語と現代のメタ言語の区別を含んでいるので,述語変項とメタ言語的述語の区別をさらに加える必要はないと言える.ここで論じた正統的アプローチはそうした区別を含んでいない (ただし Cavini 2007 では真偽のメタ言語的述語が追加されている).
    6. 新たな定式化でも LDN やド・モルガンの法則は依然成り立つが,ただしもっぱら外的否定についてのみ成り立つ.
    7. 本論で論じたのは PNC や PEM の意味論的定式化であった.
      • 他方,存在論的定式化 (PNCO) \lnot\Diamond\exists P\exists x(Px\land\lnot Px),(PEMO) \Diamond\exists P\exists x(Px\lor\lnot Px) の場合,意味論的定式化とは違って,PNC と PEM は同値になる.
      • この違いは,成り立つ/成り立たっていない事態と,事態が成り立つ/成り立っていないという主張との非対称性に存する.事態について何かを述べるやり方は二つあり (Int. 6, 17a26-30),否定的定式化は矛盾言明の両方が真/偽であることを排除し,肯定的定式化は一方が真/他方が偽だと述べる.これは矛盾言明対がただ一つの事態を基礎に置くからである.アリストテレスの論理的構文は,肯定と否定を,単一の事態に関わる独立の内容をもつ同水準の異なる命題として扱うことで,世界と発話の間のこの非対称性を映し出している1

5. 結論

〔省略〕


  1. 重要なことを言っていそうだが,まだ飲み込めていない.