推論における必然性 Delcomminette (2018) Aristote et la nécessité, ch.6.

  • Sylvain Delcomminette (2018) Aristote et la nécessité, Vrin.
    • 2ème partie. Science et nécessité.
      • Chapitre VI. Nécessité et raisonnement. 125-153.

推論的必然性

  • 86 APr. の目標の一つは妥当な推理の推論理論的形式 la forme syllogistique への,就中第一格への還元である.以下ではこのアプローチにおける必然性の位置づけを見る.
    • 推論 συλλογισμός は APr. I 1, 24b18-20 で定義される.主題は述定的命題であり,推論理論の枠内では動詞 ὑπάρχειν で表される.また帰属の四様式 aeio が区別される (AaB: A がすべての B に属する).
    • 推論理論は命題を項の結びつき (量化・否定・様相で修飾される) をもたらす命題間の関係を研究する.APr.DI を引いてはいないが DI の命題観と整合的であり,APr. I 1, 24a16-22 は DI の要約として読むこともできる.
  • 87 推論 le syllogisme とは結論が諸前提から必然的に出てくる妥当な推理である.
    • Łukasiewicz (および Patzig) はこれに反対して推論を (p\land q)\rightarrow r 形式の複合命題と理解する.だがこの解釈は今日ではもはや支持されない (cf. Smiley 1973; Corcoran 1974).
      • Łukasiewicz 解釈では必然性の問題が消え去ってしまう.
  • 88 前提の思考・発話から結論の思考・発話が強いられるという Maier 説に対し,Łukasiewicz はそのような必然性はないと反論する.だがこの反論は自己欺瞞的である.
    • まず Maier 説にはテクスト的根拠がある (SE 1, 164b27-165a2).
    • また第二版で Łukasiewicz は結論の受け入れの必然性を認めている.だが彼はそうした必然性を心理学的であり論理的でないと言う.
    • Łukasiewicz はまた自由変項の出現しない推論における必然性演算子の消去を提案する.自由変項が出現する場合,推論的必然性は単純に含意の正しさを意味することになり,全称量化子と同じ地位をもつ.だが Łukasiewicz は,真なる命題の頭に付く全称量化子は消去可能だと考える.これにより自由変項が出現する場合も必然性演算子は消去される.
  • 89 こうした形式化の仕方の是非を措くとしても,必然性を消去する解釈はテクストにそぐわない.また Łukasiewicz は真理値表で推論を定義しているが,真理値はアリストテレスの推論の定義には登場しない (APr. I 2-4 で初めて登場する).
    • むしろ必然性が中心に来る.
      • 結論が τὸ ἀναγκαῖον と呼ばれることもある.
      • 帰謬法 ἀπόδειξις διὰ τοῦ ἀδυνάτου はある命題の矛盾から (単に偽であるだけでなく) 不可能な事柄の帰結を導き PNC から元の命題の必然性を示す.
      • 反例は矛盾する結論を可能 (ἐνδέχεται) にすることを示すことでなされる.
  • 90 ゆえに推論理論は,命題の真偽ではなく両立可能性を問題にする「帰結の論理学 la logique de la conséquence」(Husserl) である.言い換えれば「無矛盾の論理 logique de la non-conradiction」と言うべきものであり,それゆえに PNC は「推論的諸原理」(Γ3, 1005b7) である.
    • 推論理論は純粋に統語論的な水準にある.これは前章の DI 9 の解釈とも整合する.
  • 91 推論の必然性とは何か.アリストテレスは τῷ ταῦτα εἶναι に命題が成り立つということを外項が不要であることとして説明する (I 1, 24b20-22).この説明はおかしくない (pace Smith): 前提とは項の διάστημα であり,新たな前提を付け加えることは外項を付け加えることである.
  • 92 推論は最低三項からなる (II 2, 53b18-20).AeB \rightarrow BeA は推論ではない: 必然的だからといって推論だとは限らない.
    • 推論の場合 ἕτερόν τι が結論されねばならない.
    • 換位命題が ἕτερόν τι でないことは (問題なしとはしないものの) 項の結びつきが διάστημα であることから理解できる.
  • 93 ゆえに結論は共通の中項をもつ二前提からしか必然的に出てこない.中項は二つの前提 (より正確には κατηγορίαι) を結ぶ (συνάπτειν).
    • 推論からは二項間の新たな関係が (前提と相対的に) 必然的に出てくる.必然とは矛盾が不可能であることであり,これはむろん PNC を前提している (contra Husik 1906; Łukasiewicz 1910).
    • Patzig はアリストテレスの相対的/絶対的必然性の区別が適用対象の違い (含意 / 帰結) を無視する点で systematisch irreführend だとする.だが,相対的必然性も主項と述項の結びつきに適用される1
  • 94 こうした必然性は客観的であり心理的なものではない.
    • むしろアリストテレスによれば,妥当な前提と結論の否定とを同時に信じることができる (II 21, 67a33-37): 結論が強制されるのは中項の同一性が認識されたときだけである (cf. 問答法における戦略: II 19, 66a37-b3).
    • 第一格は結論の必然性がより明白であるがゆえに τέλοιοι と呼ばれ,第二・三格はより明白でない (明白になるために換位や帰謬法を要する) がゆえに ἀτελεῖς と呼ばれる (I 1, 24b22-26).
      • 結論の必然性の明白さは中項の位置による.したがって当の明白さは二つの前提の接続 (jonction) の明白さである.
  • 95 〔まとめ.〕

真理の問い

  • 96 APr. II 2-4 で初めて真理の問題 (意味論的レベル) が登場する.
    • 前提の真/偽は4通り,結論は真/偽の2通り (53b4-7).ただし以降では前提が一まとまりで考えられている (両方真のときのみ真).
    • (i) 真なる前提からは偽なる結論は導かれえない.(ii) 偽なる前提から真なる結論は導かれうる (b7-10).
  • 97 (i) の証明 (b12-13): 推論の必然性が問題になっており,前提は二つある ((p\rightarrow q)\rightarrow(\lnot q\rightarrow\lnot p) と再定式化するとこれらの点を見落とす可能性がある).
  • 98 続いてはじめて真理値が導入される (b13-16).
    • ここで「A がある/ありはしない」は「A が真である/偽である」(という意味論的な事柄) を含意しない (が逆は言える).
    • 矛盾は「ある/ありはしない」の統語論的次元にある.それでもこの矛盾には実質があり (réelle),PNC により「B が偽である」という仮定の棄却を強いる.これにより (i) が示される.
  • 99 つづいて (ii) が実例を挙げて示される.
    • 可能性を示しているだけで経験から論理法則を証明しようとしているわけではない (Wieland 1976).
  • 100 (ii) の結論 (II 4, 57a36-40): "... ἀλλ᾽ ἔστι μηδενὸς ὄντος ἀληθοῦς τῶν ἐν τῷ συλλογισμῷ τὸ συμπέρασμα ὁμοίως εἶναι ἀληθές· οὐ μὴν ἐξ ανάγκης." これは前提から結論が必然的に出ないという主張ではない (Ross).むしろ妥当な (必然的) 推論における真理値の割り当て可能性についての主張である.
  • 101 つづいてそうした可能性の αἴτιον が語られる: APr. II 4, 57b3-17.
    • Patzig 1959 の解釈によれば: アリストテレスはまず「二つの前提が真である」を「A が白い」に,その否定を「A が白くない」に,「結論が真である」を「B が大きい」に,その否定を「B が大きくない」に置き換える.それから p\rightarow q\lnot p\rightarrow q が同時に真ではありえないことを示す (前者の対偶+推移律).
    • Patzig は反例を挙げる: 手術してもしなくても患者が死ぬ.
      • だが,Patzig 解釈はやはり必然性を無視している.Weidemann は Patzig 解釈に様相を入れるものの実質含意で理解している点で不適切.
  • 102 〔まとめ.〕

様相推論理論

  • 103 APr. I は様相推論理論 (前提の少なくとも一方が様相命題である推論を扱う推論理論) も組み立てる.動機の一つは学知が必然的な事柄を対象とするという考えにある.
    • 様相推論理論を扱う I 8-22 は Corpus 上最もテクニカルで難しく,整合的解釈が難しい.近年アリストテレス哲学の他の側面の援用により状況は改善したように見えるが (Patterson, Malink),依然として不整合を帰属せずに証明を説明することはできていない.
    • 後述の理由により (§119-122),学知の理論に様相推論理論はほとんど用いられていない.それゆえ以下では中心的問題の一つについて手がかりを示唆するに留める.
  • 104 問題は様相推論理論における様相演算子の地位にある.問題の古典的な定式化によれば:
    1. アリストテレスはときには様相に de dicto 解釈を与えているように見える (cf. DI).例えば APr. I 3 における「A がいかなる B にも帰属しないことは必然である」から「B がいかなる A にも帰属しないことは必然である」への換位 (25a28-32) は,必然性が結びつき自体にあると考えなければ意味をなさない.
    2. 他方ときには de re 解釈を与えているように見える.前提の一方だけが必然で他方が無様相 (assertorique) の場合: NAaB, BaC\vdash NAaCAaB, NBaC\vdash AaC は妥当だが AaB, NBaC\vdash NAaC は妥当でない.
      • Alex. によれば,この結論は既にテオフラストスやエウデモスが,結論の様相はつねに前提より弱いとして,斥けている.
      • だが de re に理解するなら,二つの Barbara の違いは理解できる.
  • 105 Becker 1933 以来,この両義性は様相推論理論にとって致命的だと考えられてきた.
    • だが先述の通り (§69) de dicto / de re の区別をアリストテレスの思考に適用するのは問題含みである.
    • むしろ,様相は直接的にはコピュラに適用され,文脈により二次的に新たな命題の述語に統合されて結論への様相の伝達が可能になる.それゆえ理論に不整合はない.
  • 106 以上で問題解決だと言うつもりはない.だが最後に,結論が必然的である妥当な推論にはnecessitas consequentiae と necessitas consequentis の両方の意味がある点は強調すべきである (cf. APr. I 10, 30b32-33).necessitas consequentis を伝達する推論により学知の領野は拡大する.
    • 端的な必然性がいかにして可能かは APo. で説明される.

  1. これはどういう応答になっているのかよくわからない.