アリストテレスの哲学史観の変遷 Aubenque (1962) Le problème de l'être chez Aristote, I-I

  • Pierre Aubenque [1962] (2013) Le problème de l'être chez Aristote: Essai sur la problématique aristotélicienne. Presses Universitaires de France.
    • Première partie. La science « recherchée ».
      • Chapitre I. Être et histoire. 71-93.

アリストテレス哲学史観〕

  • アリストテレスは,歴史のうちに自身の個人的立場を位置づけた最初の哲学者である (Jaeger).
    • なるほど歴史は事後的に再構築されるにすぎないが,それでも傍証としてつねに引き合いに出される.
  • プラトンは,より神々に近い古人は真理をよりよく知っていたと述べ,真理の歴史を忘却の歴史と見なした (Phdr. 250a).
    • アリストテレスも同様の伝統主義を表明する (Met. A3).また彼は,真理の記憶が人間の介入によって変質したとも述べる.歴史に逆行して神話から不純物を取り除くことで,真理を復元できる (Λ8, 1074a38-b14).
  • だが,アリストテレスは,これとは正反対に,認識と技術が線形的・不可逆的に発展するという考えも抱いている.
    • アリストテレスはこれを円環的イメージによって修正してはいるが (Meteor. I 3),それでも人間は退行せず進展する.時間は συνεργὸς ἀγαθός であるとともに εὑρετής である (Meteor. I 14; EN I 7).
    • また,論理学に関しては,自身が新たな学の創設者だと考えている (SE 34).
    • これはソフィスト的発想であり (cf. Hip. Mai. 281-2),ヒポクラテス文書にも見られる.アリストテレスはこれを哲学に適用している.
  • 他方,アリストテレスにとって,この知識の量的増大は無際限には進行しない.むしろ既にその完成を予見している.
    • プラトンとは異なり (cf. Tht. 173c),アリストテレスは凡庸な哲学者たちを軽蔑しない.むしろ人々は多少ともある共通の探究に寄与していると考える (Met. α1).
      • 人々の主張は自然と存在者について何ごとかを言い当てているが,私たちが問う特定の問いに対応しているわけではない.
        • これはプラトン的誤謬論と言える: 誤謬とは混乱であり,対象と相対的にのみ誤謬であって,全体との関連においてはやはり真理である.
    • しかし他方でアリストテレスは,そうした無名の人々の暗中模索に一定の意味を与える哲学者の役割を,密かに高めてもいる.
      • 素材の条件的必然性 (Phys. II 9) にあたることが,思想の生成についても言えるように思われる: ティモテオスという後続者の成功があったからこそ,フリュニスは先行者の栄誉を受けたのである.回顧的視点なくしては,歴史は素材の盲目的蓄積にすぎない.
      • だが端的な必然性ではない: アリストテレスは,哲学が一定の終極をもちうるということを,徐々に疑うようになった.

ソフィスト思潮における単線的発展からの逸脱〕

  • アリストテレスによる過去の哲学の解釈は完成の観念に導かれている.
    • Met. A では彼が決定的と考えた四原因論から出発して先行する諸体系を扱う.視点は回顧的であり,哲学者たちは自身の伝える真理に盲目であるように描かれる (GC I 1; Met. A8; cf. B6, 1002b27).
      • これにより哲学者の預言者的直観は不定形の片言に堕する (A4, 985a4).
      • また哲学者の実際の主張と真の意図にずれが生じる (DC III 2, 301a9).
    • 他方,真理探究を純粋に否定する意志も存在する.ソフィストがそうであり (Γ5: ὅσοι λόγου χάριν λέγουσι),そうした人々の言うことは真に受けなくてよい (Γ3: οὐκ ἔστι γὰρ ἀναγκαῖον, ἅ τις λέγει, ταῦτα καὶ ὑπολαμβάνειν).この場合なすべきは翻訳ではなく (極端な場合は) 否定である.
      • α ↔ Γ5, 1009b33. 後者において真理の発見は単なる偶然でしかなくなる.アリストテレスにとってソフィスト思潮の存在は単線的発展への確信を弱めるものであった.

Met. A における論理的順序の時系列への投影〕

  • だが Met. A では時系列的順序が論理的順序と完全に結合している.極言すれば時間は論理的順序の投影先にすぎない.
    • 四原因の順序,
    • "Ἀναξαγόρας δὲ ὁ Κλαζομένιος τῇ μὲν ἡλικίᾳ πρότερος ὢν τούτου τοῖς δ᾽ ἔργοις ὕστερος" (A3, 984a12).
      • ὕστερος は劣後 (Alex.) ではなく新しさ.Cf. "ἴσως ἂν φανείη καινοπρεπεστέρως λέγων" (A8, 989b6); "καινοτέρως" (DC IV 2, 308b30).
        • DC の比較対象はプラトンであり Met. A と逆転している.時系列は主題依存.
  • ではアリストテレスは,哲学体系の実際の生成については何を述べているのだろうか.

〔目的論的哲学史観から対話的哲学史観へ〕

  • 哲学の起源は驚きないしアポリアである (A巻).
    • アリストテレス自身の例: 自動人形 (無生物だが自動で動く),対角線 (有限だが測れない).
    • つまり,魂の自発的衝動ではなく,問題 (見かけ上の矛盾) の圧力から始まる.
    • それは起源であるのみならず,要所要所で探究を賦活する.
  • ならば,ときおり生じる乱脈はいかに説明されるのか.
    • 探求には一種の慣性があり,これがときに実在との接触を妨げるに至る (例: エレア派の運動否定).
    • これと似たパターンとして,自らの原理に場違いに忠実な場合がある (例: プラトン主義者による非永遠的原理の拒否).
      • こうした態度からはフィクションが生じる (M7, 1082b3: "λέγω δὲ πλασματῶδες τὸ πρὸς ὑπόθεσιν βεβιασμένον").
    • 要するに,最初にまともな意図があり,それが後に硬直化する.
  • アリストテレスは以上の考えを幾度も持ち直している.誤りは εὔλογος であり (cf. Le Blond),正しい意図とその誤った結晶化を区別する必要がある.それゆえ,真理を明らかにするだけでなく,誤りの原因も明らかにしなければならない (EN VII 14, 1154a24).
    • 動機の解明を眼目としている以上,議論の報告の不正確さをなじるのは間違っている (contra Cherniss).
      • 例: アナクサゴラスの同質部分理論の扱い (Phys. I 4).
      • 矛盾律を否定するソフィストも同様に扱われる限りで哲学と協調関係に置かれる (K6, 1062b20; cf. Γ5, 1009a22-30).
  • こうした体系の発生論的説明は,(Jaeger によれば初期に属する) A 巻に見られる回顧的把握とは全く異なる.
    • 回顧的把握における継起のイメージに,発生論的説明における事物そのものと仮説の間の往復運動のイメージが取って代わる.
    • さらに哲学者間の対話が付け加わる.尤もらしい動機による説明の方法によって,モノグラフィーは歴史に置き換わり,単一の継起は数多くのばらばらの驚きに変わる.叙述の統一性は問題の永続性のうちに見て取られる; 叙述にを通り過ぎてゆくのは問題ではなく哲学者である.
      • 真正な対話の条件は,問題の単一性,態度の多様性,および真であろうとする意図の共有である.
  • こうした「対話」(ソクラテス的問答法の歴史への移し替え) において,時間的先後関係は優劣とは無関係である.
    • そしてアリストテレスは審判ではなく単なる裁定者となる: アプリオリにどちらが真理であると宣言することはなくなり,真理が対立から引き出されるのを待つようになる.
      • 主張者の多少が真理のしるしとなるのはこの局面においてである (cf. Phys. VIII 1; Met. M9).
  • ではアリストテレスは進歩の概念を完全に放棄したのか?
    • たしかに Phys. I 2, Met. M6, DA I 2 などは観点の無時間的分類になっている.
    • だが,それは叙述の都合にすぎない.問答法の往復運動のなかにも進歩がある.
      • 対話の時間は均質的ではなく,隠されたリズムに従う: 成熟の時機と危機の時機が継起し,鋭敏な問答家は介入すべき時機 (καιρός1) を心得ている (cf. Met. H3, 1043b25).
  • それゆえ時間はもはや,単なる忘却の場 (プラトン) でもなく,隠れなさ (dévoilement) の場 (初期アリストテレス) でもない.
    • 円の平方化の問題などと違い,例えば τί τὸ ὄν の問題は ἀεὶ ζητούμενον である.
  • この点で,問答法と歴史には深い関係がある.問答法は探究 (ζήτησις) の方法であり,歴史はその場である.歴史の効用は,過去の試練の経験によって,来たるべき哲学者の見習い期間を短縮することにある.ただし王道を示すことはできない (M1, 1076a12: "ἀγαπητὸν γὰρ εἴ τις τὰ μὲν κάλλιον λέγοι τὰ δὲ μὴ χεῖρον").

  1. 91n1: この語をこの意味で最初に用いたのはおそらくゴルギアスである.また cf. Isoc. 4.7ss.; 13.12ss.; Alcid. Soph. 10ss.