曖昧な対象は存在しない Evans (1978), Lewis (1988)

  • Gareth Evans (1978) "Can There be Vague Objects?" Analysis 38(4), 208.
  • David Lewis (1988) "Vague Identity: Evans Misunderstood" Analysis 48(3), 128-130.

Evans が簡潔に書きすぎて Lewis が注釈をしている.Lewis 論文の手つきはほぼ哲学史 (最後の一段落以外は).Evans は1980年没.


Evans (1978)

  • 「記述ではなく世界そのものに曖昧さ (vagueness) があり,それゆえ,世界についての真なる記述は必然的に曖昧になる」という考え方がある.
  • 「同一性言明は,曖昧であるがゆえに確定的な真理値をもたない場合がある」という考え方がある.

これら二つの考えを組み合わせると,「世界のいくつかの対象について,境界がファジーだという事実が成り立っている」ということになる.だが,これは整合的な考え方だろうか.

"a=b" の真理値が不確定であるような単称名辞 "a" "b" を考える.不確定性を \triangledown で表す:

  • (1) \triangledown(a=b)

これは性質 \lambda x(\triangledown(x=a))b に帰属している:

  • (2) (\lambda x(\triangledown(x=a)))b

しかるに:

  • (3) \lnot\triangledown(a=a)

ゆえに:

  • (4) (\lambda x(\triangledown(x=a)))a

(2) (4) とライプニッツ則より:

  • (5) \lnot(a=b)

また,「不確定的に」とその双対の「確定的に」(\vartriangle) が S5 と同じ強さの様相論理を生み出すなら,(1)-(4) およびライプニッツ則の各々に「確定的に」を補うことができ,以下が導ける.

  • (5') \vartriangle\lnot(a=b)

これは (1) とただちに矛盾する.

Lewis (1988)

Evans (1978) の議論と結論はしばしば誤解されている.

Evans が論じている「証明」には二つ問題がある:

  1. 「証明」の結論が偽.曖昧な同一性言明は存在する.例:「プリンストン=プリンストン区」(「プリンストン」が単に区を指すのか,それより広い範囲を指すのかが未決定).
  2. 「証明」は以下の二つの「同値性」に訴えている:
    • 「... a ...かどうかは曖昧である」(\triangledown(...a...)),
    • a は,以下が曖昧であるようなものである: ... a ...」((\lambda x(\triangledown(...x...)))a).
    • だが,これは同値ではない.
      • 類比: 曖昧性 : 偶然性 :: 異なる精密化をすると異なるものを表示する語 (例:「プリンストン」) : 非固定指示子.
      • 上記の「同値性」が成り立たないのは,「惑星の数が9個であることは偶然的だ」(真) と「惑星の数は,9個であることが偶然的であるような数だ」(偽) が同値でないのと類比的である.

Evans はこの「証明」を支持していない.Evans (1978) の第一段落が示すように,問題は曖昧な対象があるという見解 (vague-objects view) にある.曖昧な同一性言明があることは前提されており,ゆえにその反対の「証明」はありえない.議論の眼目は,曖昧性は記述にあるという見解 (vagueness-in-describing view) が誤謬を突き止められるのに対し,曖昧な対象があるという見解は誤謬のありかを示せないということだ.

Evans 自身が私信でこの解釈が正しいと述べていた.