会話の理想化 Cappelen and Dever (2019) Bad Language, Ch.1

  • Herman Cappelen and Joch Dever (2019) Bad Language, OUP.
    • Chap.1. Idealized Communication. 1-12.

従来の言語分析のツールは教室内の理想化された設定のもとでの事例を用いて発展してきた.現実の非理想的な世界に向けてこのツールを応用し変更する前に,どのような事情を単純化する前提がこのツールに含まれているかを理解する必要がある.

1.1 七つの典型的理想化

1.1.1 協調

グライスは「協調原理」(Cooperative Principle) の定式化により,協調性 (cooperativeness) を言語についての理論の中心に据えることに寄与した:

会話上の貢献を,それが生起する段階で,携わっているやりとりについて人々が受け入れている目的や方向が要求する通りに行うこと.(Grice 1989: 26)

グライスはこれを,我々が話すときに互いに従うことを期待している規則だと考えた.

ここから次の理想化前提が出てくる:

理想化1: 会話やコミュニケーションは根本的に協調的な活動である.会話においては達成されるべき目標があり,会話の参加者の各々はその目標を進めようとして会話に貢献する.

グライスはさらにここから,人々が会話上の貢献をもくろむ方式について多くの帰結を引き出し,就中,四つの格率を立てた:

  • 質の格率: 偽だと思っているか,十分な証拠がないことを言わないことで,真なる貢献をなすように試みること.
  • 量の格率: 現在の目的に必要なだけ情報のある貢献を行うこと.そして必要を超えて情報のある貢献を行わないこと.
  • 関係の格率: 関連性があるようにすること (be relevant).
  • 様態の格率: 明晰であること: 表現の不明瞭さや多義性を避け,簡潔で整然としていること.

ここから二個目の理想化が出てくる:

理想化2: 話し手は上記格率に従おうとし,聞き手は話し手がそうしていることを前提する.

1.1.2 ねらいとしての知識

理想化1は,何らかの目標の存在のみを告げるものであった.だがとりわけ教室では,私たちは知識の蓄積を試みる.仮にそうした振る舞いをもとにモデル化すべきだと考えるとすれば,ひとは次のような理想化を導入するかもしれない:

理想化3: 会話の目標は会話の全ての参加者が共有する一群の知識を作り上げることである.

実際にはこれは大変な理想化だが,さしあたりこの線で推し進める.Lewis (1979) は会話を野球に準える.野球の場合スコアの記録が必要になる––点数のみならず,アウト・ストライク・ボール、走者の位置等々を.スコアボードは共有・追跡・変更される公共的対象である.我々の理想化された教室においては,スコアとなるのは知識量だけである:

理想化4: 会話の状態は会話の共通の地盤 (common ground) すなわち全参加者が共有する知識によってモデル化される.

さらに,協調がうまくいくためには:

理想化5 会話の共通の地盤は,参加者全員に知られており,全員に知られていることが知られており,(以下同様).

そして上記の目的を達するためには,次のことも期待される.

‌理想化6 話し手は自分が知っていることだけを話す.

さらに,発話によって知識がスコアボードに載るためには,以下が必要である.

理想化7: 共有の言語は参加者全員に知られている安定的な意味のある言葉からなる.

1.2 現況を調べ現実世界に戻る

これに対して,本書では次のような,理想化が満たされない場合の言語使用についての問いに焦点を当てる:

  • 非協調性が会話を揺るがし,あるいは会話に貢献する諸方式には,どんなものがあるか.
  • 目標が知識や真理と切り離された何ごとかの達成だとするとどうだろうか.
  • 話し手の誰かが真理を語ることに関心がない場合,どうなるだろうか.
  • 誰かが無意味な言葉を用いた場合どうなるだろうか.
  • 語の意味について不一致が生じた場合どうなるか.
  • 情緒的反応を引き起こすために語を使った場合どうなるか.
  • 貢献が強制されたり,黙らされたりするような会話をどう考えるべきか.
  • 話し手が誰か,意図された聞き手が誰かが不明瞭な場合についてどう語るか.

ふつうこのうち最低一個は満たされていない.それゆえむしろ哲学者が理想化を行う理由も問題になる.この点は12章で論じる.

1.3 留保いくつか

理想化に関する以上のスケッチには,以下の留保が必要である.

  • 第一の留保: 以上の理想化は自然言語に関する全ての理論においてなされていたわけではない (e.g., 後期ウィトゲンシュタイン).
  • 第二の留保: ここまで理想化が支配してきた理由については多くを述べなかった.理由の一つは歴史的なものであり (cf. Further Readings),もう一つは理想化が有益だと考えたからである.後者については最終章で述べる.

1.4 本書のあらまし

〔省略.〕

参考文献と練習問題

〔省略.〕