SEP「パースの記号論」 Atkin (2013) "Peirce's Theory of Signs"

  • Albert Atkin (2013) "Peirce's Theory of Signs" The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Summer 2013 Edition), Edward N. Zalta (ed.).

図式的で分かりやすい解説.


パースの記号理論ないし記号論は彼の哲学的・知的興味の中心にありつづけた.彼の理論には三つの段階がある: 1860年代の簡潔な説,1880-90年代に展開され1903年に発表された,完全かつ比較的きちんとした暫定的な説,思弁的でまとまりがなく不完全な1906-1910年の説.本稿は時代を通じておおむね一定である基本構造から説明し,次いで展開を検討する.

I. 記号の基本構造

私は記号 (sign) を,他のなにかによって (すなわちその対象 (object) によって) 確定され,かつ人に対するある効果を規定し (この効果を私は解釈項 (interpretant) と呼ぶ),その結果,間接的に後者が前者によって規定されるようなもの,と定義する.(EP2, 478)

記号は,記号・対象・解釈項という三項からなる.例えば記号が書かれた言葉なら,対象とはその言葉と結びつくものである.解釈項 (ここにパースの創意がある) は記号/対象関係について我々が有する理解のことだと考えるのがよい.

1.1 記号の表示的要素

上の定式化は「記号」を記号の要素としているが,正確に言えば表示的要素 (signifying element) である; 記号全体が表示するわけではない.これをパースは sign, representamen, representation, ground などと呼ぶ.本稿では「記号媒体」(sign-vehicle) と呼ぶことにする.

例: 芝生のモグラ塚がモグラの記号である場合,モグラ塚の色や大きさは二次的な役割しか果たさない.中心的なのはモグラ塚とモグラのなまの物理的な因果関係であり,これが記号媒体である.

1.2 対象

記号と同様,対象の全特徴が表示に関連するわけではない.パースによれば,対象は記号を規定 (determine) する.こう言い換えてよさそうだ: 対象は成功した表示に制約条件を課す (記号を引き起こす・もたらす,ということではなく).

例: 記号はモグラ塚,対象はモグラである.モグラ塚がモグラの記号として成功するためには,モグラの物理的存在 (physical presence) を表さなければならない.他の記号 (糞や地面の沈降) も同様である.モグラの全特徴がこれに寄与するわけではない.問題は因果関係であり,記号はこの関係を表す必要がある.

1.3 解釈項

解釈項について言えば,第一に,先ほどは「理解」と特徴づけたものの,元の記号の翻訳・発展と捉えるほうがおそらく正確である.第二に,記号は解釈項を規定する.この「規定」は何ら因果的な意味ではない.むしろ,「記号が対象を規定する方式のもつ特徴を用いて,我々の理解を形成する」という仕方で規定する.例えば煙がその対象たる火の解釈項を生成・規定するのは,我々の注意を煙と火との物理的つながりに向けることによってなのである.

この三項構造は全時期に見られる (強調点は異なるにせよ).以下では時期ごとに見ていく.

2. パースの初期の説: 1867-8

記号説についての最初期の試みは "On A New List of Categories" に見られる.上記の三項構造も登場する.ただし記号と解釈項の関係について重要な違いがある.先ほどは解釈が表示の基盤の理解に依拠していたが,彼はまた一般的な解釈項そのものがさらなる記号として機能すると考えていたのだ.そして記号である以上,それも対象を表示し,解釈されねばならない.こうして無限の連鎖が生じる.――これが初期の説のみの特徴かどうかは議論がある (後述).

パースは「表象」(representations) がさらなる解釈項を生成するのには三通りの方式があると考えた.(1)「質における単なる共通性」すなわち類似性 (likeness) ないしはイコン (icon).(2)「その対象との関係が事実との対応に存するもの」すなわちインデクス (indices).(3)「その対象との関係が帰属された特徴であるもの」すなわちシンボル (symbols).イコンの例は肖像画および p と b の類似性である.存在に関わるなまの事実のゆえに解釈が生じる場合はインデクスである (風見鶏,殺人者と被害者).一般的規約的結びつきがある場合はシンボルである ("homme" と "man").

このイコン/インデクス/シンボルの区別は内実が色々と変化するものの残り続けた.一方で初期に固有の特徴もある.ここでは思考記号 (thought-signs) および無限の記号過程 (infinite semiosis) を取り上げる.

2.1 思考記号

初期パースは記号と認識を結びつけるのに熱心である: 全ての思考は記号のうちにある.実際「解釈項はさらなる記号である」からは「全ての思考が記号である」が直ちに出てきそうである.ゆえにイコンやインデクスの一次的な重要性は否定される.理解の対象はシンボルだからである.こうしたスコープの狭さは後の説では改訂される.

2.2 無限の記号過程

初期の説では,解釈項はそれ自身さらなる記号であり,また記号はそれ以前の記号の解釈項である.ゆえに無限連鎖が概念上必然的となるように思われる.(そうでなければ,無限連鎖の最後の記号が解釈項を確定しないか,最初の記号が解釈項でなくなり,いずれにせよ各々が記号として失敗する.するとその失敗が他の記号に連鎖していく.)

パースはこれを問題としなかった.部分的にはこの態度は反デカルト的動機に由来する.すなわちパースは「同じ対象の以前の認識によって確定されない認識」としての「直観」を拒否するのである.だがこれ以後,無限の記号過程をもたらすような諸概念は改訂される.そして無限の記号過程という考えは,否定されるわけではないにせよ,目立たなくなっていく.

3. 中間的な説: 1903

1903年のハーヴァードおよびローウェル・インスティテュートにおける講義は記号説を含んでおり,また1860年代の説から大いに発展している: 第一に記号クラスが3つから10個になり,第二に以前は一般的記号 (general signs) すなわちシンボルが中心に置かれていたのに対して,より多くの記号タイプに注意が払われるようになった.第三に,記号の無限連鎖が任意の記号に先立つという主張を取りやめた.

これらの変化はパースおよび彼の生徒であるオスカー・ミッチェルが果たした記号論理の発展の帰結だと思われる.彼らはフレーゲと独立に量化理論を発展させた.その本質的な一部分をなすのは,単称命題と,確定既述によって選び出せない諸対象の個体変項を含めることである.パースはこれらの非一般的記号をインデクスとして扱い,結果としてインデクスが論理学の本質的な部分をなすことになる.特にこれによりパースはいくつかのシンボル的な記号が際立ってインデクス的な (非一般的な) 特徴を持つと悟った.同様に,とりわけ数学において,イコン的特徴を持つシンボルは彼が思っていたより重要であった.したがって初期の説は改訂を要したのだ.

ゆえに1903年の説はよりスコープが広く,比較的きちんとしていて,完全である.パースは記号の三要素とそれらの間のインタラクションに基づいて表示の広範囲な説明と記号の網羅的な類型学とを与えている.

3.1 記号媒体

パースは彼の現象学に基づいて,記号媒体の中心的特徴は三つの広い領域に分けられ,これに従って記号も分類できると考えるようになった.この分割は記号媒体の表示が質によるか,存在の事実によるか,それとも規約と法則によるかに基づく.各々の記号媒体を持つ記号を性質記号 (qualisign) / 個物記号 (sinsign) / 法則記号 (legisign) と呼ぶ.

性質記号の例としてはカラーチップなどが考えられる (Savan 1988).個物記号の例は火の記号としての煙,モグラの記号としてのモグラ塚である.法則記号の例は交通信号や言葉の表示能力である.

3.2 対象

これと同様に,対象の機能によっても記号を分類できるとパースは考えた.すなわち,対象が記号に課す規定 (i.e., 制約) が質的,存在的・物理的,慣習的・法則的であるかに応じて,記号をイコン / インデクス / シンボルに分類した.

これは以前の説と同じ三分法で,具体例もほぼ共通する.ただし追加の例もある: イコンには図 (diagram) が含まれ,インデクスは指差す指や固有名,シンボルには言明や判断のような言語行為が含まれる.ただし,1903年時点でパースは既にイコンやインデクスの純粋な実例を挙げるのは困難だと気づいており,それらはつねに部分的にシンボル的・規約的なのではないかと考え始めていた.そして hypo-icon や sub-index という造語を試みもした.

3.3 解釈項

パースはさらに解釈項の生成がそれに従う質/存在の事実/規約的特徴の3カテゴリーを区別する.記号が対象表示に用いる質的特徴に当の記号が我々の理解を向けることで解釈項を規定するとき,その記号はレーム (rheme) と呼ばれる.例としては「− は犬だ」「− は − に − を与える」のような不飽和な述語を考えるとよい.存在的特徴に我々の理解を向ける記号はディーケント (dicent) である.例としては「フィドは犬だ」「ラリーはフィドに食事を与える」のような飽和した述語ないし命題が考えられる.規約的特徴に我々の理解を向ける記号はデローム (delome) ないしは論証 (arguments) である.これは論証ないし推論規則とみなせる.

3.4 記号の10クラス

これらから記号タイプの完全なリストが作られる.記号媒体×対象×解釈項の3要素で単純に言えば27通りだが,現象学からくる制限があり,実際は10タイプしかない (cf. Lizska 1996, Savan 1988).

許容される組み合わせの規則は単純である.第一に各要素に質,存在の事実,規約の3通りあること.第二に,解釈項の分類は対象の分類に,対象の分類は記号媒体の分類に依存すること.ある要素が質カテゴリーにあれば,それに依存する要素は質カテゴリーでしかありえない.ある要素が存在の事実なら,それに依存する要素は存在の事実ないしは質である.ある要素が規約なら,それに依存する要素は3カテゴリーのどれでもありうる.結果,以下の表が得られる:

解釈項 対象 記号媒体 例 (CP2.254-263 1903 より)
レーム イコン 性質記号 「赤の感じ」
レーム イコン 個物記号 「個別の図」
レーム インデクス 個物記号 「無意識の叫び声」
ディーケント インデクス 個物記号 「風見鶏」
レーム イコン 法則記号 「図〔のタイプ〕」
レーム インデクス 法則記号 「指示代名詞」
ディーケント インデクス 法則記号 「通りの呼び声」
レーム シンボル 法則記号 「普通名詞」
ディーケント シンボル 法則記号 「普通の命題」
ローム シンボル 法則記号 「論証」

各タイプは単純に組み合わせで呼ばれる (例: ディーケント的シンボル的法則記号 dicentic-symbolic-legisign).

4. 最後の説: 1906-10

パースは人生の最後の時期に記号論に集中し1903年の理論からさらに発展させた.理由は二つあるようだ.第一に意見を述べる主な相手であったヴィクトリア・ウェルビーと記号や意味についての関心を共有していたこと.第二に記号的過程 (semiotic process) と探究過程とのつながりをよりよく理解したことである.特に彼は,記号の連鎖が無限に進むわけではなく,確定的だが理想化された終端 (end) に向かうことに気づいた.探究の理想化された終端において我々はある対象の完全な理解をもつのだから,それ以上の解釈項は存在しない (cf. Ransdell 1977; Short 2004, 2007).

4.1 対象を分割する

探究と記号理論の並行性がいっそう明らかになった結果として,まず,記号的過程のある時点での我々が理解する限りの記号の対象と,その過程の終端における記号の対象とが区別される.前者は無媒介対象 (immediate object),後者は可能態的対象 (dynamic object) である.「この記号は何を指示しているのか?」という問いに対して,記号が用いられる時に与えられる答えと,科学的探究が終わったときに与えられる答えとは異なる (Hookway 1985).

4.1.1 可能態的対象

可能態的対象とは,ある意味で,記号連鎖を生成する当の対象のことである.この連鎖の目的はある対象の完全な理解である.Ransdell 1977 は「現にそうある通りの対象」と呼び,Hookway 1985 は的確にも「〔探究の終わりに〕知られる通りの対象」と呼ぶ.Lidzka 1996 の例: 石油タンクに入っている燃料の量は,燃料ゲージなどの記号によって表される.しかし基礎にある対象は実際の燃料の量であり,これが可能態的対象である.

4.1.2 無媒介対象

無媒介対象とは,「我々がある時点で対象があると想定するあり方」(Ransdell 1977),「ある時点で用いられ解釈される対象」(Hookway 1985) である.燃料タンクを叩いた時の音から,タンクの正確な量は分からないにせよ,満杯でないことは分かるだろう.このとき「満杯でないタンク」は無媒介対象である.これと可能態的対象との関係は,やはり探究過程との並行性に鑑みればよく分かる.

4.2 解釈項を分割する

対象と同様に解釈項も,探究過程との並行性に基づいて同様に分割される.すなわち無媒介解釈項,可能態的解釈項,最終解釈項に三分割される.

〔可能態的〕解釈項とは,記号について実際にある精神 (mind) が行う何であれ何らかの解釈である.〔…〕最終解釈項は,ある精神が作用する仕方に存するのではなく,むしろ任意の精神が作用するだろう仕方に存する.すなわち,次のタイプの条件命題によって表現されうる真理に存するのだ:「もしかくかくがある精神に起こるだろうとすれば,この記号は当の精神をしかじかの振る舞いに確定するだろう」.〔…〕無媒介解釈項は,ある記号が生み出すのに適している印象の質に存するのであり,現実の反応にではないものである1.もしこれら3つと同じ地盤のもとに第4種の解釈項があるとすれば,私の精神的網膜にひどい裂傷があるに違いない.そんなものは全く見えないからだ. (CP8.315 1909)

これら各々を理解するには,"How To Make Our Ideas Clear" (1878) で導入される明晰さの3つの度合いを簡単に見ておくのがよい: 第一に日常的経験においてある概念を無反省に把握すること,第二にその概念の一般的定義を持つ,ないしは提示できること.第三の度合いはパースの有名なプラグマティズムの格率から来る:

我々の概念把握の対象がいかなる効果を持つと我々が考えるか――その効果は実践上の影響を持ちうるのだが――を考慮せよ.そのとき,これらの効果についての我々の概念把握は,その対象についての我々の概念把握の全体である.

それゆえある概念の完全な理解は,日常的に見知っていること,一般的定義を与える能力,そしてその概念が真であるときにどんな効果があるかを知っていることである.

ここから解釈項にも3つの度合いないし区分があると感じられるようになる: 明晰さの第一の度合いが可能態的解釈項と同定され,第二の度合いが無媒介解釈項と,第三の度合いが最終解釈項と同定される.

4.2.1 無媒介解釈項

ゆえに無媒介解釈項は記号と可能態的対象との関係の一般的定義的理解である.可能態的対象が荒天の日の天気であるとき,無媒介解釈項は「我々の想像力の図式,すなわち荒天の日の様々なイメージに共通する模糊たるイメージ」(CP8.314) である.つまり記号のシンタクスおよびその意味のより一般的な特徴の認識のようなものである.あるいは Savan 1988 の説明によれば,「ある人が十分に見知っている任意のものに記号が適用可能かどうかを言えるようにする,記号の明示的内容」である.文法的カテゴリー,統語論的構造,使用の慣習的規則の認識がこれに当たる.例:「我々は彼を傷つけたくない.そうじゃないか?」という文からは,それが質問であること,ある男性を傷つけることに関連すること,などが分かり,それらが無媒介解釈項の一部をなす.

4.2.2 可能態的解釈項

可能態的解釈項をパースは「実際に生み出される精神への影響」(CP8.343) とする.つまり特定の記号論的段階において我々が達している (記号が確定する) 理解のことである.例えば我々がよく知っている臆病な女性を指して「あの人が机の下にいるよ」とあなたが言うとき,あなたが発話者であること,私が聞き手であること,我々の知り合いが机の下に隠れていることなどの理解が可能態的解釈項である.

無媒介解釈項は可能態的解釈項の不完全な理解を表す.またある記号の無媒介対象は前の段階の可能態的解釈項からなる.可能態的解釈項はある時点の実際の解釈であり,それ以前の可能態的諸解釈項とともに無媒介対象を構成する.

4.2.3 最終解釈項

最終解釈項とは,パースによれば,「かりに終極的な意見に達するまで事柄について考慮されれば,真なる解釈だと決定されるであろうもの」(CP8.814) である.つまり探究の終点にあるときの可能態的対象の理解を指す.例えば「あの人が机の下にいるよ」という文の意味するところを私が色々と尋ねていけば,最終解釈項にどんどん近づいていくだろう.

最終解釈項は,第一に,可能態的対象の把握が完全になる地点,無媒介解釈項と可能態的解釈項が一致する (Ransdell 1977) 地点であり,第二に,記号への我々の実際の解釈的反応を判定する規範的基準である.

4.3 最後の説の諸問題

最後の説は様々な雑記から寄せ集める必要があり,色々と不明瞭で不完全である.ここでは二つの最も興味深い問題を扱う.

4.3.1 最後の分類

以前と同様,パースは分類学に励んでいる.最後の分類によれば66個のクラスがあるという.正確には以上の6要素2だけからは28タイプしか出てこないが,一番最後の分類は66個である.これは以上の6要素に加え,記号と対象と解釈項の関係についての4要素を加えた10個の要素から生み出される:

  1. 記号媒体に関して,記号は (i) 可能記号 (potisign),(ii) 現実記号 (actisign),(iii) 法則記号 (famisign) のどれかである〔おそらく Qualisign, Sinsign, Legisign のこと〕.
  2. 無媒介対象に関して,記号は (i) 記述的 (ii) 指定的 (iii) 繋辞的のどれかである.
  3. 可能態的対象に関して,記号は (i) 抽象的 (ii) 具象的 (iii) 集合的のどれかである.
  4. 記号と可能態的対象の関係に関して,記号は (i) イコン (ii) インデクス (iii) シンボルのどれかである.

〔以下省略〕

3.4 で見たのと同様の組み合わせ方によって66タイプを得る.しかし,色々研究されてはいるものの,詳細は不明である.

4.3.2 追加の解釈項

パースの造語癖は解釈項に関しても発揮されており,無媒介/可能態的/最終のほかにも色々な三分類がある.Liszka を含め一般にはそれらを概ね同義的と見なす.そう考えない論者もいるが (Fitzgerald, Short),一般的見解の方がいくつかの点で尤もらしい.


  1. 構文が取れない: “The Immediate Interpretant consists in the Quality of the Impression that a sign is fit to produce, not to any actual reaction.”

  2. 記号媒体 + 2種の対象 + 3種の解釈項.