PNC は実体的述語に限られない Wedin (1982) "Aristotle on the Range of PNC"
- Michel V. Wedin (1982) "Aristotle on the Range of the Principle of Non-Contradiction" Logique et Analyse 25(97), 87-92.
古めの論文を見てみる.内容は正直あまり納得できない.アリストテレスの図式に依拠しすぎるほか,「性質個体」を認めてよいかという例の問題もある.
Łukasiewicz, Anscombe そして恐らく Kirwan は,1006B2 8-34 を根拠に,Γ の PNC が実体的述語にのみ当てはまると見なす (制限解釈).しかしこの解釈は,PNC を一般的原理とする Γ のプログラムと整合しない.以下では,そうした制約を加えない解釈 (一般解釈) が可能であると示す.本文は以下の通り.
- したがって,「人間である」ということが何か真なることであるとすれば,二足の動物であることは必然である (というのも,「人間」がこれを意味表示していたものだったから).
- このことが必然であれば,そのとき同一のものが二足の動物でないことがあってはならない (というのも,「必然的にある」は,「人間でありはしないことが不可能である」を意味表示するから).
- したがって,「同一のものが人間であり,かつ人間でありはしない」と言うことが,同時に真であることがあってはならない.(1006B2 8-34)
まず,言葉づかいに気を取られすぎてはいけない: 例が人間であることは制限解釈を確証しないし,「そのとき」「同時に」という言葉づかいも一般解釈を確証しない.
1 の「必然」のスコープによって,議論は二通りに解釈できる.
- (A) 条件文全体に係る場合:
- (B) 帰結にのみ係る場合:
このとき B は省略推論になる (2 と 3 の間に (2.1) が入る).また言葉づかいからしても A 解釈が自然.加えて, が本質的述定でなければ B の推論は成り立たない1.
しかし一方で,A1 も本質的述定にしか成り立たないように見える2.1006a32-34 は A1 の理由付けを行うが,そこでは εἶναι+dat. 構文が示唆する M の本質性が M と T の必然的関係を担保している.というわけで,この PNC の証明は命題の限られたクラスにしか妥当しないだろう.
そして Łukasiewicz, Anscombe は,PNC を実体についての本質的命題に制限する.だが,A1 が属性についての本質的述定をカヴァーするとしても,論証は依然妥当である (e.g. 必然的に,α が白なら α は色である).したがって,少なくとも実体への制約は不要である.
さらに進んで,A 論証は実は PNC の無制約なヴァージョンも支持していると言えると思われる.理由は以下の通り.
アリストテレスにとって「ソクラテスが白い」は以下の真理条件をもつ:
.(ただし は「x は実体個体,y は性質個体」を表す).
このとき,「ソクラテスが白く,かつ白くない」は以下のように表せる:
.
しかるに A3 より, は (連言肢が矛盾する本質的述定なので) 成り立たない.――このようにして,PNC は付帯的述定に拡張できる.