アンナ・カヴァン『アサイラム・ピース』
Asylum Piece (1940).表題作のほかに幾つかの掌編を収める.掌編はすべて一人称形式であり,ほぼすべてで,語り手が何らかの途方もない迫害を被る−−審判を宣告され,尊厳を挫かれ,機械や牢獄のかたちに具現化した病に苦しめられる.淡々とした文体ではあるが,カフカなどよりはいくぶん私秘的・観念的で,幻想的光景へと昇華された迫害妄想のように読めるものもある.
「アサイラム・ピース」は「アサイラム・ピース I」から「アサイラム・ピース VIII」までの8章から構成される.精神療養所に収容され,そこから逃れられない運命にある患者たちを描く.掌編の「私」に対する様々な迫害に,見えざる掟が支配する療養所という具体的な場所を与え,客観的に描写しなおしたような趣きがある.多くは無根拠な希望とその喪失,陰鬱な日常への回帰,というループを描くが,ある女性患者とスイス人の看護婦との一瞬の精神的交流を記した「アサイラム・ピース VI」は例外的で,この一章がかえって「アサイラム」に独特のリアリティを添えているように感じられる.