魯迅『故事新編』

原書は1936年刊行.標題のとおり故事に取材した寓話集.読んだ覚えがなかったが,読み始めるとあちこちに既視感を覚えたので,少なくとも部分的には再読のようだ.

取材のしかたはさまざまで,一方には雄大コスモロジーを背景にしながら,女媧の力強くも素朴な姿と,頭でっかちで卑小な人間たちとを対比する寓話があり,他方で嫦娥奔月の神話を甲斐性のない夫が妻に逃げられる話に読み替える喜劇もある.いずれにしても風刺的要素が強く,また時局性もあるようだ.例外は (訳者の竹内好も指摘するように)「剣を鍛える話」(「鋳剣」) で,『捜神記』などに見える逸話にもとづく壮絶な復讐譚.個人的にはこれが特に気に入り,種本のほうも読んでみたいと思わされた.「古人をもう一度死なせるような書き方だけはしなかった」という魯迅の自負は−−明らかにそれは簡単なことではない−−もっともだと思う.竹内のほかに武田泰淳が解説を寄せており,もはや解説者たち自身もすでに文学史に属している.