アヴィセンナの اشتراك と تشكيك Janos (2021) "Avicenna on Equivocity and Modulation" #1
- Damien Janos (2021) "Avicenna on Equivocity and Modulation: A Reconsideration of the asmāʾ mushakkika (and tashkīk al-wujūd)" Oriens 49, 1-62. [here 1-22.]
アリストテレスの ὁμώνυμα と πρὸς ἓν λεγόμενα の関係如何に相当する問題がアヴィセンナにもある,という話らしい.
要旨
多義性 (equivocity, ishtirāk) と変調1 (modulation, tashkīk) の関係の分析を通じてアヴィセンナの哲学的語彙を検討する.その際,存在の変調 (tashkīk al-wujūd) 概念も再検討する.tashkīk は,定義があいまいなので,文脈ごとに一義性・多義性のどちらかとして見ることも可能である.しかし,テクスト上の理由や哲学的理由から,アヴィセンナはむしろ tashkīk を穏やかな多義性と見なしていたと考えるべきであり,tashkīk al-wujūd もこの線で理解されるべきである.このことはアリストテレスの πρὸς ἕν 述定の理論との連続性を示す.またこの解釈は,後古典期のアヴィセンナ受容における存在論の論争の起源を説明する.
1. 序論
アヴィセンナ (d. 1037) の術語体系は近年詳しく検討されてきた (e.g., Kalbarczyk 2012, 2018; Benevich 2018).以下では ishtirāk と tashkīk の区別を解明し,かつ諸分野におけるアヴィセンナの中心的用語が一義語 (asmāʾ mutawāṭiʾa) / 多義語 (asmāʾ mushtaraka) / 変調語 (asmāʾ mushakkika or mushakkaka) のどれにあたるか,就中 wujūd と tashkīk, tawāṭuʾ, ishtirāk の関係を検討する.
2. 主要な問題の摘示
アヴィセンナの術語の多義性の解消・分析は Goichon 1938, 1939; Wolfson 1939 に始まる.Wolfson は特に一義語 / 多義語 / 曖昧語 (ambiguous or amphibolous terms) の三分類を提示した.これに関連して特に Treiger, "Avicenna's Notion" も重要である.
だが,これらの研究は wujūd の事例に専心し,アヴィセンナがこの図式で分類している他の哲学用語に注意を払っていない.また tashkīk にもっぱら注目し ishtirāk をなおざりにしている.そこで以下では,三分類の重複の有無,区別の内実,諸事例への適用を一般的に検討する.
3. アヴィセンナの同義語・多義語・変調語の区別
『治癒』(al-Shifāʾ) の「カテゴリー論」(Maqūlāt)2 や『論理学中摘要』(al-Mukhtaṣar al-awsaṭ fī l-manṭiq{) のカテゴリー論,および『導きの書』(Kitāb al-Hidāya*) の論理学部門で,アヴィセンナは術語の三ないし四分類を与える:
- 一義語 (asmāʾ mutawāṭiʾa),
- 多義語 (asmāʾ mushtaraka),
- 変調語 (asmāʾ mushakkika).また,ときにこれらに加えて:
- 類似語 (asmāʾ mutashābiha).
なお muttafiq が時折 mushtarak と互換的に用いられ (『治癒』「自然学」al-Samāʿ al-ṭabīʿī),ときに多義語と変調語の両方を含み (『摘要』),ときにはさらに類似語を含む (『カテゴリー論』).
- 一義語は,単一の名辞 (ism wāḥid) と,等しく (ʿalā l-sawāʾ)・事例ごとの差異 (ikhtilāf) なしに指示する単一の意味 (mafhūm or maʿnā wāḥid) をもつ.
- 例:「動物」「人間」「馬」.
- ほとんどの何性 (māhiyyāt) は自然的世界の種 (anwāʿ) や類 (ajnās) に属し,一義語のカテゴリーに属する.
- 例: 人間 A は人間 B よりいっそう人間であるといったことはない.つまり,人間の何性がある事例において他より十全に・強く例化されるといったことはない.
- 多義語は単一の名辞をめぐるものだが,意味における差異があるか,多くの意味 (maʿānī kathīra) がある.
- 類似語は多義語同様,単一の名辞と差別化された意味 (mafhūm mukhtalif) で特徴づけられるが,当の差異が類似性 (tashābuh) で特徴づけられる点で異なる.
- 例:「足」(rijl) は机と動物に使え,「動物」(ḥayawān) は自然界の動物とその絵に使える.
- このカテゴリーは論理学著作以外にはあまり登場しない.
- 変調語のカテゴリーは初期アラビアの伝統においてはファーラービーとアヴィセンナに特有である.
- Wolfson は “amphibolous” “ambiguous” と呼んだが,他の研究者は “analogical” “modulated” を好む.
- 変調語はある中核的意味 (maʿnā wāḥid, mafhūm wāḥid) をもつ.だが,等しく・斉一的には適用されず (lā bi-l-sawāʾ, lā maqūl bi-l-tasāwī),意味論的差異化 (ikhtilāf) を被る.ときには多くの意味 (maʿānī kathīra) をもつとも特徴づけられる.
- 例: wujūd, waḥda.
- 変調語は一義語とは注意深く区別されるが,多義語・類似語との区別は明瞭でない.
- 変調語の規定はアリストテレスの πρὸς ἕν 多義語と πολλαχῶς λεγόμενα の影響を受けていると考えられる.また存在を特殊な多義語 (homonyms) と考えた古代後期の注釈者の影響も見て取れる.
この術語図式はアリストテレス,アレクサンドロス,ポルフュリオス,シンプリキオスやその他の古代後期の注釈者の伝統に立つ.Wolfson と Treiger は wujūd に関してこの点を論証した.実際,古代後期にはそうした語が同名異義語かそうでないかについて議論があった.ただし Wolfson が変調語を ἀμφίβολα と関連付けたのに対し,Treiger は ἀφ᾽ ἑνός καὶ πρὸς ἕν という観念との関連を強調した.事実 ἀφ᾽ ἑνός / πρὸς ἕν はアラビア語の議論においても中心的役割を果たす.
なおアヴィセンナ以前にはファーラービーの論理学著作がこうした古代後期の議論を探究しており,tashkīk にも明示的に言及している.アヴィセンナはファーラービーの tashkīk (および tashkīk と ishtirāk の関係)についての見解を知っていただろう.
変調語については,ギリシア起源の問題とは別に,二つ問題がある.
- tashkīk と ishtirāk の関係如何.アリストテレス研究は πολλαχῶς λεγόμενα と πρὸς ἕν の関係を精査してきたが,アヴィセンナ研究では未開拓である.
- 訳語の問題.tashkīk は多くの訳語が提案されてきた: equivocity, ambiguity, analogy, amphiboly, modulation, modulated univocity, homonymy, doubt-inducing, doubt-creating.
- ambiguity ないし doubt-inducing は語源に忠実である.だが ambiguity は単なる多義性と区別できない.アヴィセンナが tashkīk の「変調」(modulation) を行う諸様式 (aḥkām) (例: 先行性/後続性,度合い・ふさわしさ,可能性/必然性) を体系的に列挙している点に鑑みれば,むしろ modulation が適当である.
アヴィセンナの ishtirāk, ittifāq, ishtibāh, tashkīk の区別は必ずしも一貫していない.とはいえ ishtibāh および ishtirāk を tashkīk と対照する一般的傾向はある.以下では ishtirāk と tashkīk の関係に絞って扱う.
4. tashkīk と asmāʾ mushakkika をさらに定義する
tashkīk には四つの主要な特徴がある.
4.1 "Overarching" ないし "Focal Meaning" の出現
最も重要な特徴は単一の焦点的意味 (maʿnā wāḥid) の存在である.例えば waḥda は不可分性に関わる焦点的意味をもつ.wujūd も同様である.なおアヴィセンナはときに単一の意味ではなく単一の目的 (ghāya) をもつものとしても特徴づける.
4.2 変調の様態ないしアスペクト
もう一つの重要な特徴はアスペクト,様態,ないし基準 (anḥāʾ, aḥkām) の存在である:
- 先行性 / 後続性 (al-taqaddum wa-l-taʾakhkhur)
- より価値がある,よりふさわしい (al-awlā wa-l-aḥrā)
- 強さ / 弱さ (al-shidda wa-l-ḍuʿf)
- 可能性 / 必然性 (al-imkān wa-l-wujūb)
- 自足と必要 (al-istighnāʾ wa-l-ḥājja)
- 本質的に語られる / 付帯的に語られる (bi-l-dhāt wa-bi-l-ʿaraḍ).
以下では先行性 / 後続性に焦点を合わせる.最も明快な定式化は al-Samāʿ al-ṭabīʿī II.2, 132.11-12 に見られる.wujūd は実体に先行的に述定され,付帯性に後続的に述定される.一義語や多義語には同様の区別は見られない.
4.3 類 (jins) との関係
第三の特徴は消極的である: 変調語は類 (jins) をなさない.
ただし変調した概念は類に比せられる,あるいは類に似る (ka-l-jins, yunāsib al-jins) ことができる.アヴィセンナのこの主張は学知としての形而上学の単一性を維持する考慮から出たものと思われる (Bertolacci).
この特徴から,アヴィセンナが「〈ある〉は類ではない」というペリパトス-ポルフュリオス的な考えに与していることは明らかである.これによって,アヴィセンナ (やファーラービー) は,類にはない順序付きの系列に言及できるようになる.
4.4 変調語の諸種
アヴィセンナはいくつかの箇所で変調語に様々な種類があると述べている.Jadal では中核が意味・終極・原理であるものに三分類され,Mukhtaṣar でも同様の分類が行われる.al-Shifāʾ では単一の原理,単一の終極,単一の原理と終極,のもとで言われる変調語が区別される.この詳しい区別は古代後期のギリシア由来である.
こうした特徴のもとで見ると,変調は明らかに一義性とも多義性とも異なる.また変調の理論は,アリストテレスの πολλαχῶς λεγόμενα, πρὸς ἕν, per prius / posterius な述定という観念をすべて含んでいる.
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modulation の訳語が「変調」でいいのかはよくわからない.訳語の問題は §3, 13ff. を参照.↩
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『治癒』全体の構成は以下にまとめられている. https://www.waseda.jp/inst/ias/assets/uploads/2017/01/IsuramuChiikiKenkyuJanaru_5_Kobayashi.pdf↩