語彙効果 Cappelen and Dever (2019) Bad Language, Ch.7

  • Herman Cappelen and Joch Dever (2019) Bad Language, OUP.
    • Chap.7. Lexical Effects. 111-125.

7.1 語彙効果の導入: 言語の非認知的・連想的効果

言葉はひとの気分と行動傾向に影響しうる.言い換えれば非認知的効果 (non-cognitive effects) を持つ.本章の主題は,話し手がこの効果をどう用いうるかである.

5章までの議論は,また広く20世紀以来の言語哲学は,言語が運ぶ「内容」(content),つまり言われていること,推意されていること,伝達されていることを重視していた.語が文をなし文が世界について真 (ないし偽) なることを言う方式についての体系的説明がさまざまにあり,意味論・語用論の中心においてそうした体系的理論を与える努力が払われてきた.それによって,感じ方,情動,連想その他の非認知的効果は,どうでもよい副作用としてなおざりにされてきた.一章の理想化もこれを反映している.

これに対して本章では,非認知的効果がコミュニケーションにおいて大きな役割を果たしていることを示す.

理想化された描像によれば,コミュニケーションとはひとまとまりの共有の情報を作り上げることであった.つまり:

  • 話し手の側面から言えば,主張を行う人の伝達意図は純粋に情報を伝えることである (purely informational).言い換えれば,ある p について,p だと表明し,p だと聞き手に信じさせることである.
  • 言語の側面から言えば,語や文の意味は情報を表すことに適したものである.文の意味はつねに命題 p であり,その結果,話しては自らの伝達意図を顕示しうる.語の意味は,その語を含む文が表す命題に寄与する.

だが,現実の非理想的世界では,必ずしもそうではない.例えば現実の話し手は罵倒する (insult):

  • 話し手の側面から言えば,話し手の伝達意図がつねに p を信じさせることであるわけではない.むしろ他の非信念的 (non-doxastic) で非情報伝達的な事柄に携わっており,そのことをうまく説明する必要がある.
  • 言語の側面から言えば,やはりこうした非理想的意図のために用いられるのに適した語や文の意味が必要である.

前章では言語の側面を予備的に検討した.本章では話し手の側面を検討する.

7.2 非認知的語彙効果: その例示

表現の非認知的効果,つづめて言えば語彙効果 (lexical effects),がコミュニケーションで用いられる例を四つ検討する:

  • 隠喩
  • ブランド名 (やその他の名前)
  • 中傷
  • 符丁やいわゆる「犬笛」

7.2.1 比喩の効果に関するデイヴィドソンの見解

アメリカは坩堝だ」「共和党は舵のない船だ」「時は金なり」.こうした隠喩はいかにして語彙効果を持つのか.デイヴィドソンによれば,隠喩的内容が伝わるということはない (no metaphorical content is conveyeds).隠喩を使う目的は,特別なメッセージを伝えることではない.隠喩はむしろ「ヴィジョン,思考,感情」を「呼び起こす」(inspire) ものである.

デイヴィドソンの議論から,以下のことが得られる: 語はすべて,文字通りの意味 (や推意や前提) を超えた非認知的効果と認知的効果を持つ.もちろん,これだけでは隠喩の理論には十分でないが,そうした理論は当座の目的ではない.とにかく言葉にはデイヴィドソンが記述するような効果があるのだ.しかし,それは隠喩を他から区別するような特徴であるわけではない.すべての語は,隠喩ほどではないにせよ,そうした効果の一部は持っているのだ.以下の文例を考えればよい.

さっきノーラはレモン風味のメレンゲクッキーを作って,おいしいホットココアと一緒に出した.

7.2.2 ブランド名と人名

コカ・コーラ社の価値の80-90&は「コカ・コーラ」という名前の所有権に存している1.かりにコカ・コーラ社が 'Coca-Cola' という言葉を商品に付けることができなかったら,人々の購買・消費意欲は減少するだろう.こうしたブランド名を考えると,語彙効果の莫大さが分かる.こうした効果は意味からは切り離されている.ほとんど認知的効果ではないというのが,その理由の一つである.

これらの認知的効果とは何であり,どう生み出されているのか.完全な理論があるわけではないが,スタート地点は明らかだ.肯定的な場合は,賛成的態度,記憶,心的イメージを引き起こす.広告のほとんどはそうした肯定的な連想やイメージを作り上げることを目的とする.反対に,会社名が否定的な非認知的効果を引き起こす場合もある (例: 2014年にマレーシア航空が立て続けに事故を起こした事例).

以上の論点はブランド名とは独立に立てられる.子供に「ヒトラー」という名前を付けることを想像せよ.

名前の響きは人々に興味深い影響を及ぼす: リベラルな人々は 'l' や 'm' といった「柔らかい」アルファベットを用い,保守的な人々は 'k' や 't' といった堅い音を好む傾向にある.Liam はリベラルの子供,Kurt は保守派の子供である可能性が高い2.これも名前の意味の問題ではなく,語彙効果の問題である.

7.2.3 政治的ブランディングに関するレイコフの見解

政治的ブランディングに関するレイコフの分析は,語彙効果に訴えるものとして理解できる.相続税を 'death tax' と呼ぶとか,'pro-life' という語を使うとか,'tax cuts' ではなく 'tax relief' と言うとかである.レイコフの説明は第一義的には認知的である.レイコフによれば,表現は「フレーム」を呼び出し (e.g., tax relief は〈税という苦悩-そこから解放する英雄〉といったフレームを呼び出す),フレームが私たちの目標・計画・行為を形成する.フレームは語彙効果を含むと考えるのが最善である.レイコフの論点は,語彙項目の選択が政治的キャンペーンを動かしたり阻んだりするということをよく例証している.政治的ブランディングはこの点で商品のブランディングと似ているので,これは驚きではない.s

7.2.4 「符丁」と「犬笛」

Khoo 2017 はトランプの Time to Get Tough: Making America #1 Again の一節から「符丁」(code words) を読み取る:

If wee keep on this path, if we reelect Barack Obama, the America we leave our kids and grandkids won't look like the America we were blessed to grow up in. The American Dream will be in hock. The shining city on the hill will start to look like an inner-city wreck.

Khoo によれば,トランプはこれらの符丁によって,白人の・安全な・豊かな・キリスト教の・並外れたアメリカと,貧しい・怠惰な・犯罪者の黒人が支配するアメリカとを対比している.だが,そうした対比はどれも明示的ではない.否認可能性は符丁に本質的である.この場合,人種差別的だと非難されても,貧しい黒人については何も言っていない,と応じる余地が残されている.

表現はいかにして符丁になるのか.近年の研究は情報の内容に訴えて解答する.Mendelberg 2001 は文脈がテクストに隠されており,対象となる聞き手によってデコードされるのだと論じる.Khoo らは符丁が推論を引き起こすのだと考える.つまり,言葉に隠された意味があるわけではなく,対象となる聞き手の持つ信念と相互作用して推論を引き起こすのだ.そしてこうした推論が人種差別的な内容をもたらす.

符丁が情報を伝える効果については次章で詳論する.本章にとって重要なのは,符丁が様々な非認知的語彙効果をもたらすだろうということだ.デイヴィドソンが隠喩について言ったのと同じことが,符丁にも当てはまるかもしれない.つまり,符丁の使用と効果の説明を認知的内容に求めるのは間違っているかもしれない.

符丁が引き起こす非認知的効果の最後の例として,G. H. W. ブッシュによるウィリー・ホートンの広告が挙げられる.ブッシュは政敵が支持する一時出所制度に反対して,一時出所中にレイプを働いた黒人男性であるウィリー・ホートンを繰り返し広告に出した.ここにコード化された,隠れた,人種差別的メッセージがあったことは広く認められている.Khoo はこれについても特定のメッセージを読み取るが,疑いようがないのは,「ウィリー・ホートン」という語が対象となる聞き手に一定の非認知的効果をもたらしたことである.

7.2.5 侮蔑語と中傷語

侮蔑語は避けがたく情動を喚起する.世界の主要紙には,NYT など,侮蔑語の引用さえ認めないものもある.ウィリアムソンはその理由を人々が使用と言及の区別を理解していないことに求める (Williamson 2009).それはそうだが,しかし語彙項目が出てくるだけで私たちに影響を及ぼすのは確かである.'Niggardly' という語をめぐる公論を見るとよい: この語はそれ自体としては侮蔑的表現ではないが,ほとんど侮蔑的表現をなす文字列を含むというだけで,社会的制裁の原因となっている.

7.3 公論や理論的著作における語彙効果の利用

以上見てきたのは顕著な例だが,語彙効果は実際には遍在する.公論における「結婚」「レイプ」「オーガニック」「ハッカー」「難民」「移民」「戦闘員」の使用を見よ.「レイプ」は極端に否定的な効果を持ち,「オーガニック」はその反対である.こうした効果を使おうとする人々のことは想像できるだろう.

「まじめな」理論構築を行う人にとっても語彙効果は無縁ではない.「還元主義的」「フェミニスト」「実験哲学」「直観的」「反実在論的」「相対主義的」「分析的」といった語を使うかどうかの選択は,しばしば非意味論的・非語用論的語彙効果に大きく左右されているのではないだろうか.正しい語彙効果をもつ語彙項目の組み合わせを選ぶことが最大目標となっている欠陥のある知的ディシプリンないし実践を考えることもできるかもしれない (4章のラカンの例などはそうかもしれない).

7.4 語彙効果の一般理論?

ここまで語彙効果について例示したが,その一般理論を提示したわけではない.そうしたものを私たちは持っていない.語彙効果は非常に多様なカテゴリーだと思われる.語彙効果の研究は非常に有意義でありうる.それはまた徹底して経験的である.社会言語学などが洞察をもたらすかもしれない.ビジネススクールではブランド名の効果も学ばれている.哲学者もそうした実践から多くを学びうるのではないかと思う.いくつか推測を述べておく:

  • 語彙効果には多くの種類があり,認知的なものも非認知的なものもある.
  • 多数の人々にまたがる安定した語彙効果はない.
  • 語彙効果は時間的にも不安定である: 時間が経つと容易に変化する.
  • 仮に二つの表現の各々の語彙効果を特徴づけられたとしても,それらが合わさったときの語彙効果を予想ないし計算することはできない.
  • ある個人に対するある表現の語彙効果をしる場合でさえ,効果は個人のその他の諸特性と,予測不可能かつ個人差のある仕方で,相互作用するだろう.

7.5 なぜ語彙効果は言語哲学でほとんど無視されてきたのか

分析哲学が始まって以来,私たちは分析性,意義と意味の区別,指示固定,情報をもつこと,不透明な文脈における置換可能性,合成性,表象の本性といった事柄の理解に集中してきた.こうした問題群は語彙項目そのものの本性とその効果について多かれ少なかれ無視していた.要するに,語彙効果は,言語哲学の中心的な問いへの解答と見なされてこなかったのだ.

もう一つの理由は,言語哲学者が文が表す思想,つまり文の内容,の記述に焦点を合わせてきたことにある.

結果として,1章で粗描された理想化は完全に語彙効果を無視している.だが以上論じてきたように語彙効果はコミュニケーションにとって重要なのだとすれば,これは従来の理想化の重大な欠点だと言える.