クリプキの真理論 Burgess & Burgess (2011) Ch.7
- Alexis G. Burgess & John P. Burgess (2011) Truth. Princeton University Press.
- Chap.7. Kripke. 102-115.
7. Kripke
Tarski は真理の非整合説 (inconsistency theory) の主唱者であった: 直感的な真理概念は自己矛盾している.彼はそうした日常的概念の代わりとなる厳密な定義を与え,その有用性を示そうとした.
後世の多くの研究者は,これと対照的に,直感的概念を確証する (vindicate) ためにパラドクスの哲学的説明を行っている.最も影響力があるのは Kripke の仕事である.彼も形式言語における数学的に厳密な真理の扱い方を示すが,Tarski とは目的を異にする.
7.1 Kripke vs. Tarski
Tarski が再構築した真理概念は著しく制約されている.彼はまず真理に言及しない対象言語 L0 から始め,L0 のための真理述語 T0 をメタ言語 L1 において定義する.以下同様に Tn が Ln で定義されるが,自身の真理述語を含むような言語は絶対に得られない.–– 自然言語で書くなら "is true_n" となる.
Kripke は次のような例を挙げる.
- (1) ニクソンが辞任時までにウォーターゲート事件について述べたことは一つも真ではない.
この「真」の添字は,ニクソンが述べた全ての文中の「真」より高い値でなければならない.これを調べるのは大変だ.
さらに,以下の二つの文には原理的に添字を付けられない.
- (2a) ニクソンがウォーターゲート事件について述べたことの過半数は偽である*1.
- (2b) ディーンがウォーターゲート事件について述べたことの過半数は偽である.
もっとも (2a) と (2b) は普通の日本語としてどちらも真でありうる.他方で,添字を付けられないという事実は,パラドクスのリスクを示してはいる: 両者が (2ab) の他にウォーターゲート事件について真偽がちょうど半々の数の言明を行なっていた場合は解決不能になる.
Kripke の論点は,Tarski のようにパラドキシカルなケースを全て排除できる統語論的基準を立てると,無害で有益な多くのケースも一緒に排除してしまう,ということである.
仮に Tarski のように,不整合な直感的観念の代わりになるものを作ることだけを目的とする場合でも,より柔軟なものを作ることができる.Kripke の狙いはそれである.
7.2 最小不動点
Kripke の考えでは,文 (書記的文タイプ) には,統語論に基づいてではない仕方で,固有のレベルが割り当てられる必要がある.
例えば,以下はレベル0で真である.
- (4a) 雪が白い.
このとき,(2a) の状態とは無関係に,次も真である.
- (5a) 雪が白いか,ニクソンがウォーターゲート事件について述べたことの大多数は偽である.
そこで,これもレベル0に割り当てられる.このように,Tarski の場合より多くの文がレベル0に含まれることになる.以下の文はレベル0で真ではなく,真理値は (あるとすれば) 二つ目の選言肢の真理値 (あるとすれば) に依存する.
- (6) 雪が黒いか,ニクソンがウォーターゲート事件について述べたことの大多数は偽である.
ここから「「雪が白い」は真である」(レベル1),「「「雪が白い」は真である」は真である」(レベル2) ……と続く (これを「雪列」と呼ぼう).Kripke の場合,Tarski とは異なり,有限なレベルを超えて階層が続く.つまり以下が或るレベルで真である:
- (7) 雪列の全ての文は真である.
だが,或るところで最小不動点 ("..." が真だと分類されているとき,「"..." が真である」も既に真だと分類されており,その逆も成り立つような最初のレベル) に達する.
この議論を厳密にするには超限順序数の概念,および真理値ギャップを扱える論理 (Kripke は Kleene 強三値論理を用いる) が必要である.
7.3 無根拠性
どんなレベルでも真理値を得られない病理的な文はいろいろある.例えば:
- (8) (8) は偽である. (liar, falsehood-teller)
- (9) (9) は真である. (truth-teller)
これらが真/偽になりうる最初のレベルが存在しないので,およそそうしたレベルは存在しないことになる.以下も同様である:
- (10a) (10b) は真である.
- (10b) (10a) は偽である.
一般に,文の真理値が自分自身に依存したり,何らか循環したり,無限後退する場合,「より先」の文から真理値を得ることができないのである.Kripke の構成によって,こうした「無根拠な (ungrounded) 文」の概念に厳密な意味を与えることができる: 無根拠な文とは,最小不動点において真理値を得ない文である.
とはいえ,全ての無根拠な文が等価であるわけではない: (9) を真/偽だと恣意的に宣言すれば,(9) の真理値が定まっている或る不動点を得ることができる.他方,(8) はいかなる不動点においても真理値を持たない.
より細かい区別もできる.以下の二つの文について:
- (11) (9) が真であるか,または (9) が偽である.
- (12) (12) が真であるか,または (12) が偽である.
これらはどちらも或る不動点で真でありえ,どの不動点でも偽ではありえず,最小不動点において真理値を持たない.だが,(11) は偽でもありうる文を真にすることで真になるのにたいし,(12) はそうではない.Kripke は (12) のような文を内在的に真と呼び,内在的に真な文が全て,かつそれらのみが真になる不動点 (最大内在不動点) の存在を示した.
7.4 超限的構成
§2.4-5 と同様の算術言語 L と,それに述語 T を加えた拡張 L' を考えよう.Tarski であれば,T の外延の割り当てを要求するだろう.そうした外延は T: ℕ → {0,1} で表現できる.Tarski は閉項 t の表示 (denotation)*2 |t| と L' の全ての文の真理値を合成法則 (composition laws) を満たす仕方で定義する.