アリストテレスの前置詞用法のコイネー的傾向 Stevens, "Aristotle and the Koine: Notes on the Prepositions"
- P. T. Stevens (1936) "Aristotle and the Koine: Notes on the Prepositions", CQ 30, 204-217.
アリストテレスの言語に見られるアッティカ方言とコイネーの間の過渡的性格を,前置詞の用法から明らかにする論文。具体的には (1) 前置詞の用法,および前置詞が支配する格において融合 (syncretism)*1 が生じていること,(2) 属格名詞や形容詞の代わりに前置詞を用いる迂言法 (periphrasis) の増加,(3) 副詞などの前置詞への転用,がアリストテレスの後古典期的な特徴として見られるという。
クセノフォン*2やアイネイアス*3同様,アリストテレスの言語もアッティカ方言と多くの点で異なっているが,詳細な研究はまだない。*4本論は前置詞に話題を限定する。
二つの一般的傾向が指摘できる。(1) 前置詞の用法,および前置詞が支配する格において融合が生じていること。特に対格支配への吸収が見られ,この傾向は現代ギリシア語まで続く。現代ギリシア語においては,古典ギリシア語における18の前置詞のうち7つのみが残っており,文学的用法に影響された幾つかの定型句を除けば,全て対格支配である。(2) 格のみの代わりに格と前置詞を用いる迂言法 (periphrasis) の増加。ホメロスのギリシア語からアッティカ方言に至るまで,副詞が次第に格を伴い前置詞的に用いられる傾向がある。この発展はコイネーに於いてさらに強化されており,迂言法の多用もその一部である。*5
1.*6
ὑπό
ὑπό+対格は下への運動,ないし下の位置を表し,比喩的に従属・依存を表すが,アッティカ方言においては位置を表す用法や比喩的用法はごく限られている。(ホメロスやヘロドトスにおいてはより頻出する。)
アリストテレスは全ての用法で ὑπό+対格を用い,他の格は稀である。これは後古典期の一般的傾向に対応している。
ὑπέρ
ὑπέρ+対格はホメロスにおいては (a) 上における運動・上の位置,(b) 対象を越える運動,(c) 比喩的に越えること,違反すること,を表す。但し (a) の意味は属格の方が多い。他方,散文においては (a) の意味はほぼ見られない。アッティカ弁論家においては対格支配は属格支配に比して稀である。
アリストテレスにおいては,ὑπέρ+対格の「比喩的に越える (beyond)」意味はごく一般的である。上の運動・位置を示す例も幾つかあるが,この場合は属格支配の方が多い。新約聖書では ὑπέρ+対格は稀であり比喩的意味でしか用いられない。ポリュビオスにおいては場所用法は一般的である。
ὑπέρ と περί の混同
ὑπέρ+属格が περί+属格の意味で用いられる最初の例は Hdt. IV 8 である。その後は4世紀になるまで現れない。プラトンには幾つかの用例があり,デモステネスなどには頻出する。
アリストテレスの著作集にも例はあるが,真作には比較的少ない。『トピカ』に5回,『ニコマコス倫理学』に5回,『カテゴリー論』の Postpredicamenta の一箇所に6回,『大道徳学』に数多く,出現する。とはいえアリストテレス以前に用法があり,異読もない以上,真作における ὑπέρ+属格の用法を疑う理由はない。そしてこの用法は後古典期には一層一般的になる。
διά
διά+属格と διά+対格の違いについて Kühner-Gerth は「διά+属格はものや人の効力を直接的に・強く (starker) 表し,διά+対格は間接的に・遠回しに (entfernter) 表す」と述べる。Eucken はアリストテレスにおいて διά+属格が予想される箇所で διά+対格が用いられる例をいくつか挙げているが,いずれも διά+対格が通常の意味で不可能な箇所ではない。但し causal なニュアンスが弱まっているとは言える。反対に「〜のために (owing to)」「〜が理由で (by reason of)」の意味で διά+属格を用いる例は著作中に散見される。
従って,アリストテレスにおいて両者の区別はぼやけていると結論される。ポリュビオスなど後代の著作家においてはこの傾向はより顕著である。
πρός
πρός+属格の著しい減少,および与格の減少,という一般的傾向は,アリストテレスの言語にも反映されている。
2.
κατά や περί を用いた迂言法はコイネーの特徴であるが,ヘロドトス以降にも見られる。単なる名詞の代わりとしての τὰ περί (κατά) τι はヘロドトスが頻用する。プラトンにおいても特に属格や形容詞の代わりとなる περί の迂言法は頻出する。(但し主語的属格 (subjective genitive) は目的語的属格 (objective genitive) と区別されねばならない; 後者については前置詞による迂言法はより自然である。)
こうした迂言法はアリストテレスにおいても目立っている。 τὰ περί (κατά) τι は頻出であり,いくつかは単なる名詞以上の意味を持たない。中でも τὰ καθ᾽ ἕκαστα は例証を要しない。*7また περί (κατά)+対格が単なる属格や形容詞と等価な例も数多い。
また περί+対格が与格の代わりに συμβαίνω や γίγνομαι と共に用いられる例も,コイネー同様,アリストテレスに出現する。οἱ περί τινα が「ある人物とその仲間」ではなく当の人物のみを指す用例も同様である。
3.
アリストテレスの ἐπάνω, ὑπεράνω, ὑποκάτω, ἕως, μέχρι の用法は,前置詞への転用,ないし前置詞と副詞の結合という点で,コイネーの傾向を先取りしている。(但し μέχρι+前置詞の用法はコイネーには殆ど受け継がれなかった。)