Evans, Aristotle's Concept of Dialectic #3

  • J. D. G. Evans (1977) Aristotle's Concept of Dialectic. 17-30.
    1. Introduction
    2. Dialectic and the works of Aristotle
      • Metaphysics B and Γ: the problem of dialectic and its resolution
      • Metaphysics A and M: Aristotle on Socratic and Platonic Dialectic (ここ)

「ディアレクティケーは存在論的中立性のゆえに学問的たりえない,というのがアリストテレスの主張である」と前節で述べられた。本節は A, M 巻からこれを確証する。

一と諸々の数とを事物から切り離したこと――これもピュタゴラス派とは異なるのだが――,およびエイドスの導入,これはロゴスにおける探究のゆえに生じたことである。というのも,彼に先立つ人々はディアレクティケーに参与していなかったから。 (A6 987b29-33)*1

この箇所は『パイドン』96-100 に基づくと思われる。即ち "ἐν τοῖς λόγοις σκοπ[εῖν] τὰ ὄντα" (100a) がディアレクティケーと同一視されている。この方法は仮説の使用を含む。『パイドン』の場合はイデア論がそれであり,そこから魂の不死性が証明される。おそらく,仮説的方法とイデア論は密接な関わりを持つ。『パイドン』のソクラテスイデアを根拠 (ground, αἰτία) として提示するとき,根拠という語は仮説からの帰結関係を表現していると思われる。アリストテレスの諸原因 (αἴτιαι) の理論には,こうしたことが背景にあったと推測できる。つまり,彼は『パイドン』の議論を,「他の説明に加えて,イデアに訴える説明も可能である」というものとして読んだのだろう。

これはΓ2の「プラトン存在論はディアレクティケーと不適切に結びついている」という議論と整合する。M4にさらなる示唆を見出すことができる。

ソクラテスは倫理的な徳に従事し,それらをめぐる普遍的な定義を最初に探究した人であったが (というのも,自然学者のうちデモクリトスのみが僅かにこれを論じて,ある仕方で熱と冷とを定義し,他方それ以前にピュタゴラスの徒がある僅かのことどもについて定義して,それらの定義――例えば好機,正義,婚姻とは何であるか――を数に結びつけた。他方ソクラテスは,理にかなったことに,「何であるか」を探究していた。というのも,彼は推論 (συλλογισμός) を探究しており,推論の原理は「何であるか」だから。なぜなら,そのころディアレクティケーは,未だ「何であるか」を離れて反対を考察しうるほどに,また反対についての知識 (ἐπιστήμη) が同じ知識であるかどうかを考察しうるほどに強くなかったからである。というのも,ソクラテスに結びつけることが正当であることが二つあり,それは帰納的な言論と普遍的に定義することである。なぜなら,両者は学問 (ἐπιστήμη) の原理をめぐるものだから。),しかしソクラテスは普遍的なものを離在させていなかった。むしろ彼らが切り離したのだ。[...] (M4, 1078b17-31)*2

この箇所の多くの注釈者たちはソクラテスについての情報に専心する。他方 Wilpert はアリストテレスのディアレクティケー評価に着目しており,こちらが方向性としては正しいと思われる。

19-25 行目〔強調箇所の前〕はソクラテスの独創性について主張している。25-27行目〔強調箇所〕は幾つか問題がある。(1) 推論とディアレクティケーの間にどういう関係が想定されているのか,(2) この箇所のコメントはソクラテスの時代になかった区別を用いてソクラテスの方法を特徴付けているが,それは歴史的に公平か。

27-29行目はこれらの問題と関係がある。ディアレクティケーは推論と帰納の二つの形を取るが,これはディアレクティケーに特有だからである (cf. Top. A12. 後者は論証のうちには位置を占めない)。だから (1) には,「ソクラテス帰納と推論という二つの形式を用いたことから,アリストテレスソクラテスの推論をディアレクティケー的推論と見なした」と答えられる。

第二の問題についてはどうか。SE 34 はアリストテレスのディアレクティケーがソクラテスのそれと本質的特徴 (問う人と答える人がいること) を共有していると述べるが,そのことは M4 の議論とは無関係である。むしろ29-30行目を参照しなければならない。この箇所は,「あらゆる学問は第一原理から始めなくてはならない」という,『分析論後書』で主に説明される教説を示唆している。とりわけまたディアレクティケーが第一原理の探究に有用であるとする Top. A2 101a36-b4 の議論が思い起こされる。29-30行では「帰納的な言論と普遍的な定義」は「学問の原理をめぐる」――「原理である」のではなく――とされる。ここから,ディアレクティケーの観念の導入がソクラテスの方法の正当化に必要であったことが分かる。

それゆえ,b23-30 は次のような議論をしていることになる。(1) 帰納と普遍的定義は学問の基礎である。(2) ソクラテスはその両者を探究した。[(3) ディアレクティケーは学問の基礎を探究する。(4) ディアレクティケー的な議論は帰納と推論の二つの形式を取る。] (5) 定義は推論の基礎である。(6) ソクラテスは推論を探求した。(7) ソクラテスの時代のディアレクティケーは定義なしにはできなかった。(8) ソクラテスは,理にかなったことに,定義を探求した。――「ソクラテスはディアレクティケーをした」という前提は,ここには必要ない。〔なので第二の問題も解決する。〕

Ross は「〈何であるか〉を離れて反対を考察する」ことについて,『パルメニデス』篇における反対の前提から論じるやり方のことを述べている,とする。だが,これは誤っている。むしろ「反対のもの」からと解釈すべきだろう。*3すると B, Γ の記述とパラレルに理解できる。そして A, M (とりわけ後者) は,プラトン主義的な存在論の発展において,未完成なディアレクティケー概念がイデア論のもととなったか,を示す点で重要である。

続く「反対についての知識が同じ知識であるか」は Top. 14 でロギコスな命題の例として挙げられており,またおそらく『小ヒッピアス』が念頭に置かれている。B や Γ で「反対のものの属性」と言われているのは,反対のものについてのテーゼと言い換えられよう。従ってここでも M と B-Γ は連関している。

*1:"[...] τὸ μὲν οὖν τὸ ἓν καὶ τοὺς ἀριθμοὺς παρὰ τὰ πράγματα ποιῆσαι, καὶ μὴ ὥσπερ οἱ Πυθαγόρειοι, καὶ ἡ τῶν εἰδῶν εἰσαγωγὴ διὰ τὴν ἐν τοῖς λόγοις ἐγένετο σκέψιν (οἱ γὰρ πρότεροι διαλεκτικῆς οὐ μετεῖχον) [...]"

*2:"Σωκράτους δὲ περὶ τὰς ἠθικὰς ἀρετὰς πραγματευομένου καὶ περὶ τούτων ὁρίζεσθαι καθόλου ζητοῦντος πρώτου (τῶν μὲν γὰρ φυσικῶν ἐπὶ μικρὸν Δημόκριτος ἥψατο μόνον καὶ ὡρίσατό πως τὸ θερμὸν καὶ τὸ ψυχρόν: οἱ δὲ Πυθαγόρειοι πρότερον περί τινων ὀλίγων, ὧν τοὺς λόγους εἰς τοὺς ἀριθμοὺς ἀνῆπτον, οἷον τί ἐστι καιρὸς ἢ τὸ δίκαιον ἢ γάμος: ἐκεῖνος δ᾽ εὐλόγως ἐζήτει τὸ τί ἐστιν: συλλογίζεσθαι γὰρ ἐζήτει, ἀρχὴ δὲ τῶν συλλογισμῶν τὸ τί ἐστιν: διαλεκτικὴ γὰρ ἰσχὺς οὔπω τότ᾽ ἦν ὥστε δύνασθαι καὶ χωρὶς τοῦ τί ἐστι τἀναντία ἐπισκοπεῖν, καὶ τῶν ἐναντίων εἰ ἡ αὐτὴ ἐπιστήμη: δύο γάρ ἐστιν ἅ τις ἂν ἀποδοίη Σωκράτει δικαίως, τούς τ᾽ ἐπακτικοὺς λόγους καὶ τὸ ὁρίζεσθαι καθόλου: ταῦτα γάρ ἐστιν ἄμφω περὶ ἀρχὴν ἐπιστήμης): ἀλλ᾽ ὁ μὲν Σωκράτης τὰ καθόλου οὐ χωριστὰ ἐποίει οὐδὲ τοὺς ὁρισμούς: οἱ δ᾽ ἐχώρισαν, [...]" 強調は引用者。

*3:論証は省略。