同意理論とその利点 Simmons (1979) Moral Principles and Political Obligations, Ch.3

  • A. John Simmons (1979) Moral Principles and Political Obligations, Princeton University Press.
    • Chap.3. The Consent Tradition. 57-74.

II.i. 同意理論

  • Locke 以来,「政治権力の権威に個人的に同意しない限り,ひとはそれに従う責務をもたない」という考えが日常的思考・理論的思考をともに支配してきた.
  • 本書では,市民の政治的責務は,責務を意図して引き受けるという自発的行為を市民が個人的に行うということに根拠付けられる,と主張するあらゆる理論を「同意理論 (consent theory)」と呼ぶ.
    • 同意理論の多くは,当の自発的行為を政治的権威や政府の正統性の根拠と見なす見解ともセットである.これらの見解は歴史的に同時に現れた.
      • 同意理論以前には,政治的権威は神が与えるものと説明された.同意理論とそれに対応する権威の理論はこれへの反動であり,ゆえに (若干の先蹤をもつにせよ) 近代のアプローチである.
  • 同意理論は二系統ある: 責務の根拠を (1) 個々の市民の個人的同意に求めるもの,(2) 共同体の第一世代の同意に求めるもの.
    • 後者のアプローチは Hooker が採り Hobbes や Rousseau にも仄見える.
      • だが問題がある (Hume, Kant): 後の世代は第一世代に同意の権限を与え (authorize) えない以上,他人である第一世代の当の同意に束縛されえない.
      • 第一世代の同意を正統性の単なる必要条件とするヴァージョンもある.だが,現存国家のほとんどを非正統なものにし,理想的国家さえ非正統的にしうるという問題がある.

III. ii. 主要な想定

同意理論は四つの主要なテーゼをもつ.

  1. 人間は自然本性上自由である.
    • これは単なる「自然状態」の神話の一部とみなされるべきではない.
      • むしろ,ひとは一定の領域で自由に行為する権利をもつということ.
      • Rousseau はここから,いかなる条件下で自由の権利が政府に正統的に移転されるかを問う.
    • これは通常「自然権」についての主張である.
      • 「自然」とは,人間であるというだけで全員がもち,かつ何らかの自発的行為の産物ではないことを意味する.
      • それゆえ,「生まれつき自由」というのはややミスリーディングである.そうした人間は依然「自然法」に服する (Hobbes, Locke, Kant).
    • 道徳的束縛には自然なものと「特殊」なものがあることになる.後者は個人が自発的に関係・取引に参加することでのみ生じる.ここから政治的結束は自由に引き受けることができるという帰結が生じ,その限りで「自然状態」が有用な道具になる.
  2. 人間が自然的自由を放棄する (またそれによって責務に束縛される) のは,そうしたいという「明確なしるし」を自発的に示すことによってしかありえない.
    • これは部分的に 1 から予期できる: 責務は意思に依存している ("will-dependence").また責務は熟慮のすえに (deliberate),つまり責務の意義を理解して,引き受けられる必要がある.ゆえに「明確なしるし」(clear sign) が責務の根拠をなさねばならない (Hobbes).
    • なお同意理論には,さらに,自由の「総体としての目減り」(net loss) がない,という議論がしばしば伴う (就中 Rousseau, Kant).
      • これは尤もらしくないし,同意理論に必要でもない.
  3. 同意という方法は,国家による侵害から市民を保護する.
    • ヴァージョン1: 個人が選んだ国家だけが当人に対する正統な権力をもつ.
      • これは魅力的特徴.
    • ヴァージョン2: 国家は intra vires に行為するので,侵害は (論理的に) 行いえない.
      • こちらは難点がある.まず,同意していれば不正でないとは限らない.
      • また,「譲渡不可能な」(inalienable) 自然権が存在するという主張 (Hobbes, Locke, Kant) は,個人の決定の尊重という傾向と衝突する.
  4. 国家は市民の利益に資する道具である.
    • ゆえに,同意によって,市民になることが自身の利益に資すると考えていると示しているときにのみ,ひとは正統な統治の客体となる.
    • 同意という方法がまずもって保護するのは,個人やその利益ではなく,特定の政府に束縛されるか否かを選ぶ自由である.

こうした美点のほか,合意理論を政治的責務の理想的な説明とする事情も存在する: 合意 (giving consent) は (約束や契約と同様に) 熟慮のすえ引き受ける (deliberate undertaking) という特徴がある.

  • 政治的責務は,相続したり,それと知らずに獲得するものではない.それゆえ,熟慮のすえの引き受けだけが唯一その根拠でありうる.
  • 約束は道徳的要求の最も議論の余地のない根拠をなす.それゆえ,約束をモデルにすることで,理論が明確で信頼できるものになる.

III.iii. 多数派の同意

  • 同意を与えた市民にしか政府の権威がなく,全市民に権威を有する政府しか正統でないとすると,正統政府は市民の満場一致の同意を受けていなければならない.だが,これは不条理である.
  • これを避けるために,「多数派の同意」説が採られることもある (Gewirth の解釈による Hobbes, Locke, Rousseau).
  • だが,「多数派の同意」説は個人的合意を要求する元来の合意理論に真っ向から反する.
    • 多数派の合意は原初契約者だけを拘束すると考えるべきである (少なくとも Hobbes と Locke の場合には).
    • この問題に対する Hobbes, Locke, Rousseau の解答は,「居住による暗黙の同意」(tacit consent through residence) 概念に求められる.