同意 Cappelen and Dever (2019) Bad Language, Ch.11

  • Herman Cappelen and Joch Dever (2019) Bad Language, OUP.
    • Chap.11. The Speech Act of Consent. 181-195.

「同意する」(give consent) とは何か,また何であるべきか.非常に単純素朴な考え方をすれば,同意するとは「何かが真だと同意するような言語行為」だということになる (そうだとすると理想化からそれほど乖離しない).だが,本当ははるかに複雑である.結論から言えば,言語や言語行為の考察によっては,同意をめぐる論争は解決されない; その安定した本質なるものは見いだせない.

11.1 同意の範例: 家庭訪問・医療処置・同意書・セックス

同意にはさまざまな実例がある.以下では,それらに共通の核なるものはない,と論じる.

  • 範例1: ひとを家に入れる.(i) この場合,同意はしばしば暗黙的である.(ii) 容認の範囲は制限されている (冷蔵庫を漁ることは暗黙的には認められていない).
  • 範例2: 医療検査・処置.この場合にも様々な明示的・暗黙的同意がある.どの程度明示されるかは時代・場所により異なる.
  • 範例3: オンラインでの約款.約款は専門用語で長々と書かれていることが多く,いちいち全部読んで理解することは人間には不可能である1
  • 範例4: セックス.これは激しい論争の的である.レイプとは何かとも関係する (「レイプ」は同意のないセックスだという定義が自然だから).全ての法体系は性的同意の定義に注力してきたし,大学のような機関も様々に定義を決めている (例: ハーヴァード大,イェール大).

11.2 同意に関するいくつかの問題

同意に関する論争に哲学はどう寄与できるか.以下では三つの問題を扱う:

  1. 暗黙的合意の本性: いかにして,何かをしないことで,何かを伝達しうるのか.
  2. 同意の内容をどう特徴づけるべきか.
  3. 欺きは同意を掘り崩しうるか.

先に述べておくと,同意を言語行為ではないとする哲学者・法理論家がごく少数いる.この別見解によれば,同意はコミュニケーションを必要とせず,同意の意図だけあればよい.−−だが,これは明らかに間違っている.

11.2.1 暗黙の同意: 危険性と利点

(i) 伝達されていない同意と (ii) 暗黙に伝達されている同意は区別すべきだ.暗黙の・非言語的 (non-verbal) 同意はいろいろあり,全てを明示することはできない.とはいえ,次に見るように,明示が重要な場面もある.

11.2.2 暗黙の同意と封殺の区別の難しさ

暗黙の同意と,異議申し立てできないこととの区別は難しい.黙らされていること (silenced) と黙っていること (silent) を区別する必要があり (cf. Swanson forthcoming),より一般に,A しないという行為を行うこと (performing the action of not doing A) と,A するという行為を行わないこと (not performing the action of doing A) とを区別する必要がある (例2:「危険を感知したら旗を下ろす」という取り決めに従って旗を揚げたままにしておく場合と,単に取り決めを忘れてそうしている場合).

黙らされていることと黙っていることの識別は非常に難しいことがある.Swanson forthcoming は Fricker 2007 に従っていくつかの戦略を提示する (聞き手がより非排他的な,ミクロな解釈的雰囲気 (more inclusive hermeneutical micro-climate) を生み出すこと,それができないときでも,少なくとも判断を留保すること).

識別が難しいから明示的同意のほうが望ましい,と結論するのは早計である.語ることも,沈黙と同様,強いられうるからだ (cf. McKinney 2016).

11.3 暗黙的同意の不正確さ/曖昧さ

暗黙の同意に関するもう一つの懸念は,曖昧 (vague) で不正確 (imprecise) だということだ.そこで,暗黙的同意の内容が不正確すぎる (特にうまくいかなかったときに重大な帰結が生じる) 場合は,内容を明示したほうが良い,と思われるかもしれない.

だが,明示することでかえって不正確さが増す可能性もある.例えば,自分の家で招いた人に許容される行為の範囲を全て明示することはそもそも不可能である (それは自転車に乗るための規則を明示できないのに似ている).

もちろん明示が必要な場合 (e.g., 特定の法的文脈) や有用な場合 (esp. 共有された実践がない場合) はある.性的同意がスペクトラムのどこに位置するかという問題は読者に委ねよう.

暗黙的同意の明示が難しいことを理解するには,欲求内容の明示の難しさを考えればよい.Fara 2013 の例: エミリアが「リンゴが食べたい」と言うとき,彼女が欲しいのは毒入りリンゴでも,虫入りのリンゴでも,ケチャップのついたリンゴでもない.欲求の本当の内容は単なる「リンゴ」(an apple) より豊かであり,あらゆる逸脱を許さない仕方で記述しきるのは不可能である.それでも私たちは,ひとが〔望みの〕リンゴを手に入れたかどうかは容易に分かる.そういう能力を私たちは持っているが,言葉にすることはできないのだ.

11.4 欺きは同意を無効にするか

A が B を家に招き入れる.この同意は B が害虫駆除業者だという前提に基づいているとする.この点で B が A を欺いていたとすれば,それは A の同意を無効にする (invalidate) だろうか.もし無効にするなら (つまり A は本当は同意していないのなら),B は不法侵入していることになる.

類例として,セックスのパートナーが自分のことで嘘をついていたら (misrepresentation),セックスが同意に基づかないものになるのだろうか.そうだとすると,重大な法的帰結が生じる.Dougherty 2018 の例: フロリダ在住の反体制派3の女性が同志と思って結婚した男性が行方をくらまし,後にキューバのスパイだと判明した.女性はスパイとの性的同意を無効だと主張し,キューバ政府から大量の補償金を受け取った.

また詐欺的な情報に基づく医療処置への同意も,しばしば訴訟に持ち込まれる.

以上の問題は複雑である.例えば,性的パートナーが互いについて誤った情報を持っていたり,ほとんど情報を持っていなかったりすることはよくある.通常,そのことが同意を掘り崩し性的暴行の告発理由になるとは考えられない.とはいえ,どんな誤情報も合意を無効にしないとまでは言えない.現状,どんな誤情報なら無効になるのかという問いに対する定まった答えはない.次にその理由の候補を挙げる.

11.5 同意を動的なものとして捉える

「同意」が行為のある不変な種類を指すと考える人は,同意の文脈感受的でない必要十分条件を探そうとするだろう.だが,概念工学の議論から明らかなように,それは誤っている.同意が何であるかは文化間でも文化内でも様々であり,共通の核心なるものはないかもしれない.それゆえむしろ,同意が交渉の対象となる多くの文脈で有用になる問題と特徴を明らかにすべきだ.

この見解によれば,言語哲学 (語「同意」の意味の研究) は,例えば同意が欺きによって無効にされるかどうかの決定とは無関係だ.言語哲学が明らかにするのは,同意概念が動的であること,つまり特定の行為が同意かどうかは文脈によるということなのだ.「同意」の意味の固定の仕方には道徳的によりよいものがあるかもしれないが,それを決めるのは道徳的考察であり言語行為の探究ではない.

この見解は真理に関する相対主義ではない.つまり「アナは同意していない」のような文の真理が文脈次第だということではなく,文の意味が文脈次第だということでしかない.

11.6 理想化の失敗の例証としての同意

理想化された描像は,次のような重要な問いに答えることができない.

  • 何が同意されたのか.
  • 何が暗黙的同意を構成するのか.
  • 明示的同意は暗黙的同意よりよいか.
  • 偽なる情報は同意を無効にするか.

それは実践的問題であり,言語やコミュニケーションの理論が答えるべき問いではない,と応じることもできるかもしれない.だが,この答えは「言語」「コミュニケーション」を狭く捉えすぎている恐れがある.


  1. 原注1: Cf. https://www.theatlantic.com/technology/archive/2012/03/reading-the-privacy-policies-you-encounter-in-a-year-would-take-76-work-days/253851/

  2. ‘An analogy’ とされているが,むしろ実例だろう.

  3. キューバ革命で亡命したキューバ人の多くがフロリダに住んでいるらしい.Cf. https://en.wikipedia.org/wiki/Cuban_exodus