検証主義からは諸科学の統一性が帰結する Hempel (1949) "The Logical Analysis of Psychology"

  • Carl Hempel (1949) "The Logical Analysis of Psychology" in Herbert Feigl and Wilfrid Sellars (eds.) Readings in Philosophical Analysis, Appleton-Century-Crofts.

I

  • 心理学は自然科学か,それとも精神科学に属するのか.
    • 以下では,ウィーン学団による心理学の新たな分析の概要を粗描する.
      • この分析は,上記の問題に決定的な進歩をもたらしてきた.
    • ウィーン学団の方法は「科学言語の論理分析」と特徴づけられる.

II

  • ウィーン学団の立場は,実験心理学/内観心理学,自然科学/精神科学が根本的に異なるという従来の立場に反対する.
    • 従来の立場では,物理学的概念と心理学的概念は類を異にするため,心理学は物理学的方法ではなく内観を必要とするとされる.
  • 従来の立場では,心理学の対象は内在的有意味性を特徴とする.
    • 例: 誰かが発話するという現象は,物理学的には器官の生理学的過程まで辿れば説明が尽きる.だが,心理学的問題は,当人が述べたことの理解から始まる.

III

  • 上述の立場には様々な批判がある.心理学に関して言えば行動主義が,そもそも内観心理学を非科学的とすることで決着をつけようとした.
    • だが,心理学の科学的地位に関する問題は,それ自体が心理学の経験的研究によって決着がつくものではない.むしろ認識論が必要である.

IV

  • 科学の理論的内容は命題に存する.では,命題の内容 (意味) は何によって決まるのか.
    • 例:「10時にこの場所が23.4度だった」という文の意味を知っている iff. 水銀温度計が23.4度の目盛りを示すときに真であると知っている etc. (右辺に含まれるのは「物理的テスト文」である).
    • この例から分かることとして:
      • 温度を特定する文は,「温度」という語を含まない (より長い) 同じ意味の文に再翻訳できる.
      • 定式化の異なる二つの命題が同じ意味をもちうる.
  • 答え: 命題の意味は検証条件によって決まる.
    • 検証条件を示せないものは擬似命題にすぎない.
  • では,「ポールは歯が傷む」のような心理学的概念を含む命題はどうか.
    • ポールが涙を流してこれこれの仕草をしている,「歯が痛いんだ」と発話する,よく見ると虫歯がある,等々のテスト文が十分条件になる.
    • 上記のテスト文はどれも物理的テスト文である.ゆえに心理学に属する命題が物理学に属する命題と同じ内容をもつ.
    • 「より深い心理的層」を含むあらゆる心理学的命題に同じことが言える (例:「ジョーンズはこれこれの劣等感を抱いている」).
      • 意味を変えずに物理学の言語に翻訳できる命題を「物理主義命題」と呼ぶことにする.

V

  • 以上の見方に対するよくある異論: 物理的テスト文は心理的過程の内在的本性を定式化できておらず,物理的徴候 (symptom) を示すにすぎない.
    • 応答: 理解されるべき人間と物理的に結びついていない心理的理解は存在しない.また「共感的理解」が与える情報はかくかくの条件下で身体にしかじかの出来事が生じるということにすぎない.この情報が心理学的言明の意味を構成する.
  • 別の異論: 人間は何かのふりをするということがある.(例: 犯人が法廷で精神疾患のふりをする.)
    • 応答: ふりをしている場合,「精神疾患に罹患している」を立証する条件の一部しか満たされない.(全部が満たされる場合,詐病だとは言えない.)
  • 類比:「この時計はちゃんと時を刻んでいる (runs well)」というときの「時を刻む (run)」は天体と相対的な時計の針の運動に関する複雑な言明を約めたものだが,これについて針の運動を単なる物理的徴候と言うことはできない.
    • 気温の例も同様.
  • 心理学的概念は科学的知識の進歩に有用だが,危険もある: それが「心理学的対象」を指していると見なし,その「本質」を問うという無意味な営為につながりうる.心理-物理問題は擬似問題なのである.

VI

  • 心理学のこうした物理主義的解釈 (ないし論理的行動主義) は,心理学的行動主義および古典的唯物論と以下のように異なる.
    • 論理的行動主義は,心・感情 etc. の存在を否定したり疑ったりはしない.むしろ,実在するか否かという問いが擬似問題だとする.
      • 心的現象があるかどうかは科学の範疇を超えた個々人の信念の問題だ,という話でもない.ウィーン学団の論理分析によれば,有意味な問題には原理的に科学的解答が与えられる.
    • また〔心理学的〕行動主義と異なり,心理学的研究それ自体が生物の刺激への反応の研究に制限されるべきだとは主張しない.むしろ心理学の命題についての論理的理論である.心理学にできるのが物理主義的言明だけなのは,他のことが論理的に不可能だからにすぎない.
    • 心理学的言明が言及する物理状態を私たちが記述できるといったことは前提しない.

VII

  • 以上の分析は,心理学のみならず,広義の社会学 (つまり歴史・文化・経済的プロセスの学) にも適用できる (ノイラート:「社会的行動主義」(「個人的行動主義」に対置される)).
  • したがって,科学の区分は,もっぱら研究の手続きと関心の方向の違いに存し,原理の違いには存しない.それらはすべて物理学という統一科学の分科である.

VIII

  • したがって,上記諸学科の全命題は物理主義的命題に翻訳可能である.
    • 論理分析は特定の科学的言明の真偽の決定には関わらず,もっぱらその形式と演繹的関係を問題にする.
    • これによって,古色蒼然たる哲学的「問題」が擬似問題だと確定できる.