マンシェット『愚者が出てくる,城寨が見える』

6年前に梅田の紀伊國屋で「ほんのまくら」フェアというのをやっていて,そこで買った本だったと思う。買ったはいいが一ページ目から人間が惨殺されるのでついていけずに読みさした記憶がある。その後『仁義なき戦い』シリーズを観るなどしてある種のテンポに慣れたのか,今回は面白く読めた。登場人物は皆ことごとく常軌を逸していて,ハードボイルドな文体が彼らの暴力と破壊を次から次へ描き出す。その限りで「アンチモラルな生存競争の寓話」(235頁) という訳者の要約は一面を捉えてはいるが,他方ペテールを核とする善玉悪玉の構図ははじめから明確で,この構図がどんでん返しの快感と結末のカタルシスを準備していることも確かだ。

ルーベンスタイン『中世の覚醒』

アリストテレスインパクトを中心にすえながら,中世を通じた理性と信仰をめぐる様々なイデオロギーの角逐を描いている。哲学者や神学者が書く中世思想史とはかなり趣が違った叙述になっていると思う。やや分厚いけれどもリーダブルなので万人に勧められる。伝記的叙述も楽しい(最大のヒーローはアリストテレスだがアベラールの章なんかもノリノリで,彼が死ぬくだりには「弁証法の達人,逝く」というすごい見出しが付いている)。

桑子敏雄『エネルゲイア』

エネルゲイア」概念を中心に置いてアリストテレス哲学の様々な領域を論じる論文集。第一部「古代アテネの思想空間と「エネルゲイア」の概念」はアリストテレスエネルゲイア概念を導入するコンテクストを主として論理学的側面から探求しており,プラトンのみならずテオフラストス,スペウシッポス等の同世代の議論も視野においた叙述に特色がある (特に第2, 4章)。第二部「「エネルゲイア」の文脈と実体の問題」はエネルゲイア概念そのものの内実を論じ,第三部「心と価値」は魂論 (桑子訳では「心」) と倫理学に焦点を合わせる。

内容はまだあまり吟味できていないが,再読時のために若干メモしておく。第三章は「エピステーメー (「論証能力」) は個別的対象に関わらない点で感覚能力と区別される。行為の推論は後者が行う」(↔ 加藤「普遍の把握について」) と主張しており,「エパゴーゲー」の内実如何と合わせて要検討*1第四章はテオフラストス『形而上学』を「秩序に対する人間の認識の限界」の設定 (e.g. 目的論批判) という観点から読むもので,(テクストを全く知らないけれども) 面白い。第六章「類としての質料」は Owen の反 Jaeger 的発展史観*2を批判しており,Owen 論文と読み比べて考えたい。第八章「ヌースについて」は近々 De An. Γ4 を読むときに参照すべき。

*1:また推論の表記法につき Kneales を参照のこと。

*2:Owen, "The Platonism of Aristotle" が参照されている (未読)。cf. Owen, "Logic and Metaphysics in Some Earlier Works of Aristotle".

モミリアーノ『伝記文学の誕生』

  • A. モミリアーノ (1982)『伝記文学の誕生』柳沼重剛訳,東海大学出版会。[Arnaldo Momigliano (1971) The Development of Greek Biography, Harvard University Press.]

古代ギリシアにおける伝記の誕生と発展をテーマにした講義録。前5世紀に伝記・自伝の起源を探り,前4世紀のクセノフォンやプラトンらを経て,ヘレニズム期,ローマに至る系譜を辿る。

ただ後代に関する議論になると自分の知識が乏しいためにあまり議論を追えない箇所が多かった (以下では古典期を扱う第III章までの内容について少しメモしておく)。いずれにせよ何度か読み返すべき本だと思う。とくにソクラテス文学やペリパトス学派に関する叙述は哲学史研究にも直接間接に参考になる。

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スカール,カロウ『魔女狩り』

  • ジェフリ・スカール,ジョン・カロウ (2004)『魔女狩り』(ヨーロッパ史入門) 小泉徹訳,岩波書店。[G. Scarre, J. Callow (2001) Witchcraft and Magic in Sixteenth- and Seventeenth-Century Europe, 2nd ed., Palgrave.]

標題のトピックについての概説書。小著だがとても勉強になった。巻末のコメント付き関連文献表も有用。興味をもった叙述を要約的に抜き書きする。

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SEP「形而上学的根拠付け」Bliss and Trogdon, "Metaphysical Grounding" #2

  • Ricki Bliss and Kelly Trogdon (2016) "Metaphysical Grounding" The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Winter 2016 Edition), Edward N. Zalta (ed.), pp.16ff.

記事の後半部。前半部は根拠付け概念そのものの内実を議論していたが,以下では様々な応用や懐疑論が取り上げられる。わりあい専門的な議論が多く所々ついて行けていないが,理解できる範囲で要約する。

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