松村一男『神話学入門』

『神話学講義』(角川書店,1999年) の文庫版。神話学の学説史。ミュラーフレイザーデュメジルレヴィ=ストロースエリアーデ,キャンベルの6人を中心に論じる。大学の講義を元にしたものらしく,叙述は平明。第一章が全体の簡便な梗概になっているので,大雑把に内容を知りたい場合はここを読めば良い。なお「学術文庫版あとがき」では,本書で概観された範囲以後の動きとして,ブルケルトジラールの研究,およびヴィツェル,ベリョーツキンの「世界神話学」が挙げられている。個人的には古典学の枠内で何となく知っていた人々 (Cornford や Murray) の神話学史的な位置付けが少し分かったのが収穫だった (第4章)。

バンヴェニスト「術語 scientifique の成立過程」

  • エミール・バンヴェニスト (2013)「術語 scientifique の成立過程」『言語と主体: 一般言語学の諸問題』阿部宏監訳,前嶋和也・川島浩一郎訳,岩波書店,252-258頁。

パラパラめくっていたら興味深い一文に行き当たった。« scientifique » というフランス語は『分析論後書』のラテン語訳に淵源する,と主張する論考 (原論文は 1969 年)。

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SEP「形而上学的根拠付け」Bliss and Trogdon, "Metaphysical Grounding" #1

  • Ricki Bliss and Kelly Trogdon (2016) "Metaphysical Grounding" The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Winter 2016 Edition), Edward N. Zalta (ed.), pp.1-15.

ここ数ヶ月アリストテレスの αἰτία 論を勉強していて,現代で対応する議論となると一つは grounding かしら,と当たりを付けている*1。よし的外れであるにしても,それ自体として学んでおいて損はないだろう。

記事は半分に区切る。前半は第5節まで。

*1:関連してボルツァーノの Abfolge 論にも少し興味があるが,こちらはいよいよ何から読めばいいのか分からない。

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滝口『ヘーゲル哲学入門』

川瀬和也さんのヘーゲル入門書紹介 (http://kkawasee.hatenablog.com/entry/2018/08/07/173302) で挙げられているものをちょっとずつ読む (長谷川本,加藤記事は既読)。

通時的にヘーゲルの思想を追うスタイルで書かれている。第1章は青年時代 (-1800),第2-4章はイェーナ時代 (1801-7,『差異論文』『体系構想』『精神現象学』),第5-6章はニュルンベルクハイデルベルク時代 (1807-18,『大論理学』『エンチュクロペディー』),第7章はベルリン時代 (1818-31, 『法 (権利) の哲学』)。解説される分野も様々でマッピングに好適と思う。

ただ最も叙述のウェイトが置かれている分野は政治・社会思想だと思われる。例えば著者は「ヘーゲル=国家主義の哲学者というイメージが,ながらく流布してきました。しかし,今日,このイメージはとうに過去のものになっています」(59頁) と述べ,対抗解釈を幾つかのテクストとその時局的背景の解説を通じて明快に示している。すなわちヘーゲルにとって,「私的利害に踏み荒らされない普遍的・公共的なものの樹立」ということが,神聖ローマ帝国期の草稿『ドイツ国制批判』(1799-1801, 3章2節)*1から「領邦議会論文」(1817-18, 5章2節) まで通底するモチーフであり,『法の哲学』における君主を頂点に頂く立憲君主制の支持もこれと同一の関心に基づくもので,むしろ同時代における君主権の中立化・抽象化 (コンスタン),実質的権限からの分離 (シャトーブリアン) といった着想と符合しているという (6章2節)。このあたりのこと全然知らないので勉強になった。

ビアード『SPQR』

邦訳の副題は「ローマ帝国史」だけれども,実際は建国神話の時代からの通史になっている (下限はカラカラ帝期)。原題は SPQR: A History of Ancient Rome.

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チウ『ここではないどこかへの欲求』

  • Agnes Chew (2017) The Desire for Elsewhere, Math Paper Press.

シンガポールの作家による韻文を交えた一種の旅行エッセイ。ブックデザインが優れている。内容には特筆すべき点はない。

Math Paper Press はシンガポールの書店 BooksActually が7年前に始めた出版プロジェクトで,国内の作家の文学活動を支える取り組みだという*1。これはともあれ,意義のある試みに違いない。