プラトンにおける語 'τραγικός' の意味 Bluck (1961) "On ΤΡΑΓΙΚΗ"

  • R. S. Bluck (1961) "On ΤΡΑΓΙΚΗ: Plato, Meno 76e" Mnemosyne 14(4): 289-95.

『メノン』76E における語 'τραγικὴ' の意味に関する20世紀の新奇な諸解釈に反対して従来の解釈を擁護する*1


Σωκράτης τραγικὴ γάρ ἐστιν, ὦ Μένων, ἡ ἀπόκρισις, ὥστε ἀρέσκει σοι μᾶλλον ἢ ἡ περὶ τοῦ σχήματος.

Μένων ἔμοιγε. (Meno 76E)

'τραγικὴ' とは何の謂いか。校訂者たちは概ね,'an allusion either to the grandiose style of the desciption of colour, or to the loftiness of the subject matter' だとしてきた。

だが,これに対し,いくつかの別解釈が提出されてきている。

  • Wright (1920) CR 34, p.31: 'τραγικὴ' は 'theatrical', 'pertaining to the stage' を意味する。なぜなら,'σχήματα' 'ὄψις' 'σύμμετρος' は全て演劇に関連する術語でもあるから。
  • Anderson (1920) ibid., p.101: Wright 解釈には無理がある。むしろ,"Please remember that I am speaking in the character of Gorgias" という意味である。
    • だが,これはメノンが当の説明を選好する理由にはならない。

特に次の二つの説明を以下で扱う。

  • Grimal (1942) RÉG 55, pp.1-13: ソクラテスは色の説明に 'la fausse clarté de toutes les doctrines matérialistes' を見て取る。'τραγικὴ' は 'mythique, c'est-à-dire qu'elle n'est susceptible que d'une vérité probable, provisoire, conjecturale' の意味である。当の定義は虚偽の説明ではないにせよ,感覚的対象に関する以上は知識の対象たりえず,必然 tragique になる。
  • Rosenmeyer (1955) AJP 76, pp.226f.: 語 'τραγικός' の初期の用例は人と獣のあいだの一種の緊張関係を含んでいた。この 'double entendre' の含みが残っている。Wilamowitz はこの箇所と Rep. 413a-b, 545e とを比べてこの語を 'αἰνιγματώδης' と同義とした。

これらの解釈は,以下の点で誤っている。

  • まず G. が色の定義が形の定義と別種のものだと考えるのはおかしい。プラトンは不可視の「色のイデア」を考えたかもしれないし,仮にここで離在するイデアが問題でないとしても,ἓν εἶδος の要件は満たすはずである。
  • 定義が materialistic (あるいはむしろ mechanistic) であること (G.) や,ambiguous であること (R.) は,メノンが当の説明を選好する理由にならない。
  • プラトンにおける 'τραγικός' は必ずしも 'ambiguous' 'obscure' を意味しない。むしろ通常 'high-flown or grandiose, and perhaps in some way difficult' を意味する。W. の挙げる Rep. の箇所もそう読める。Crat. 408c における意味は確定しがたいが,少なくとも G. や R. の議論を支持しない。Phlb. 48a では単に 'at tragedies' の意味である。
  • Symp. 198c, Gorg. 467b はゴルギアスの 'pretentious style' を述べる。DL はエンペドクレスに 'τραγικὸν τῦφον' を帰しており*2,したがって同郷人エンペドクレスから多くを借り受けたと思われるゴルギアスの特徴とも言いうる。したがって,最初の校訂者たちが正しい。

*1:メモを取るほどのものでもなかった気もするし,やや現実逃避ぎみに読んでいた面もあるが,作ってしまったので残しておく。

*2:牽強付会の引証。元の一文は "Διόδωρος δ᾽ ὁ Ἐφέσιος περὶ Ἀναξιμάνδρου γράφων φησὶν ὅτι [sc. Ἐμπεδοκλῆς] τοῦτον ἐζηλώκει, τραγικὸν ἀσκῶν τῦφον καὶ σεμνὴν ἀναλαβὼν ἐσθῆτα" (DL 8.2) で,文体について述べたものではない。