今週読んだ本

F. コプルストン『中世哲学史

教父時代から14世紀までを扱う大部の包括的な中世哲学史。著者のコプルストンは古代から現代までの哲学史の通史をひとりで書いているらしく (cf. Wikipedia),この訳書はそのうち第二巻と第三巻の最初の部を訳出したもの。標題の通り,一貫して「中世哲学」という視点からこの時期の諸思想を概観している。つまり神学よりは哲学の主題と議論に重点が置かれ,また社会的・政治的背景状況の叙述も最低限に留まっている。いわば列伝形式で,各著述家ごとに哲学体系 (あるいは少なくとも哲学的方向性) の総括と評価を行っており,また全体の構成としては,トマスによる「哲学的綜合」の13世紀を中心に,そこに至る「予備段階」としての12世紀以前,およびそこから出てくるオッカムを筆頭とする「破壊的批判」の14世紀を論じる,というかたちを取っている。

個人的にはスコトゥスやオッカムに興味が持てたのが収穫だった (当然のことながら著者はこの二人に多くの紙幅を割いている。他に大きく取り上げられているのは,アウグスティヌス,ボナベントゥラ,トマス)。とくに12世紀以前の幾人かの哲学者の扱いが薄すぎるうらみはあるが,上述の視点設定による取捨選択の結果だとすれば,これは無いものねだりだろう。いずれにせよやや古い本なので,各論的な知識はより新しい文献で補う必要がある。次は長年積読している山内『普遍論争』にとりかかりたい。

松山洋平『イスラーム思想を読みとく』

スンナ派イスラーム神学・法学の視点から現代イスラームの言論状況を解説した本。IS 台頭に対するリアクションなどの素材はやや古いが論旨には影響しない。第二章におけるスンナ派内部の基本的な思想的対立構造の記述がごく明快。第四章の「誰が (いかなる) イジュティハードをするのか?」という問題をめぐる現況の解説もイスラーム世界の動態をわかりやすく示している。

斎藤憲『アルキメデス『方法』の謎を解く』

実は同著者が同レーベルから出しているエウクレイデスの入門書と間違えて借りたのだが,読んでみると面白かった。冒頭で冠の密度測定と最期に関する有名な伝承を簡単に検討した後,最新の発見を踏まえつつ著作内容を概説する。主に取り上げられるのは『放物線の求積』『球と円柱について』『円錐状体と球状体について』*1,および『方法』という著作である (執筆時期順)。このうち最後のもの以外の諸著作はルネサンス期には知られていたが,『方法』を唯一収める現存写本が発見されたのは19世紀,内容が知られ校訂版が世に出たのは1915年のことである。

アルキメデス純粋数学における業績は主に求積に係わるものである。アルキメデスの求積法は,二重帰謬法 (はさみうちの原理の原形のようなもの) を用いた複雑な証明によった。『放物線の求積』『球と円柱について』の議論が個々の立体ごとに幾何学的直観を働かせて議論を組み立てているのに対し,『円錐状体と球状体について』では,一見議論が定式化され,いわば近代的に,立体の求積を級数の和の計算に帰着させたかに見える。だが代数的記号法を持たないために論証は煩雑にならざるをえない。加えて,前世紀に発見された『方法』――これは最晩年にアルキメデスが自らの発見法を明かした著作である――を見ると,アルキメデスが根本的に図形を量的性質へと抽象するという発想を持たなかったことがはっきりする。

量への抽象の操作は近世イタリアのアルキメデス復興の動きのなかで初めて発見された。他方で,この「伝統の重み」ゆえに,イタリアの数学者たちは幾何学の言葉を抜け出せなかった。ために,代数的な取り扱い,ひいては微積分の発見には,ライプニッツニュートンといった辺境の数学者の活躍を待たねばならなかった,という。

*1:「円錐状体」とは回転放物面や回転双曲面がなす立体,「球状体」とは回転楕円面がなす立体のこと。