バンヴェニスト「術語 scientifique の成立過程」

  • エミール・バンヴェニスト (2013)「術語 scientifique の成立過程」『言語と主体: 一般言語学の諸問題』阿部宏監訳,前嶋和也・川島浩一郎訳,岩波書店,252-258頁。

パラパラめくっていたら興味深い一文に行き当たった。« scientifique » というフランス語は『分析論後書』のラテン語訳に淵源する,と主張する論考 (原論文は 1969 年)。


順を追って説明すると――バンヴェニストはまず,「なぜ名詞 science に対応する形容詞は scientifique であって,より自然な形であるはずの *scientique とか *sciental ではないのか」という問いを立てる。

リトレはこの問題を認識しながらも,あくまでフランス語の枠内で考えたために,初出を14世紀に設定し,答えに辿り着かなかった。実際にはこの語はラテン語 'scientificus' に由来する。造語したのは6世紀のボエティウスであり,しかも『分析論後書』を翻訳する過程でこの語を考案したのだという。

ἀπόδειξιν δὲ λέγω συλλογισμὸν ἐπιστημονικόν· ἐπιστημονικὸν δὲ λέγω καθ᾽ ὃν τῷ ἔχειν αὐτὸν ἐπιστάμεθα. ... συλλογισμὸς μὲν γὰρ ἔσται καὶ ἄνευ τούτων, ἀπόδειξις δ᾽ οὐκ ἔσται· οὐ γὰρ ποιήσει ἐπιστήμην. (APo. A2 71b17-25)

この箇所を,ボエティウスは次のように訳す。

demonstrationem autem dico syllogismum epistemonicum id est facientem scire, sed epistemonicon dico secundum quem (in habendo ipsum) scimus ... et sine his demonstratio autem non erit, non enim faciet scientiam.

そして後の 'ἐπιστημονικαὶ ἀποδείξεις' (A6, 75a30) は 'scientificae demonstrationes' と訳される。ボエティウスは『トピカ』のラテン語訳でもこの訳語を用いている。他方で彼は,A巻12章の 'ἐρώτημα ἐπιστημονικόν' (77a38-39) は 'interrogatio scientalis' と訳す。つまり 'ἐπιστημονικός' に「学術を可能にする (scientificus)」「学術に関わる (scientialis)」の二義を認め,訳し分けたのだ。そして両者のうち scientificus だけが,理由は詳らかにしないが,後世に残った。――これがバンヴェニストの結論である。

こうして見るとボエティウスの scientificus はなるほど的確な訳語だ。まさに scientiam facit ということの内実をアリストテレス学者は今なお議論しているわけで,そこも含めておもしろい。そしてまた「なぜ scientifique は scientifique なのか?」という問いを最初に設定できるということが言語学的センスなのだろうとも思った。