『形而上学』Δ4 φύσις

Met. Δ4. Dn: 第n定義,Rn: 補記.


[1014b16] (D1) 自然本性 φύσις であると言われるのは,一つの仕方では,成長するものどもの生成である.ちょうど人が 'υ' を引き伸ばして言う場合のように.(D2) もう一つの仕方では,成長するものが第一に1そこから成長するところの内属するものである.

[1014b18] (D3) さらに,第一の運動が,自然本性上あるものどもの各々において,それである限りのそれのうちで,そこからしてあるところのものである.

[1014b20] (R1) 成長する φύεσθαι と言われるのは,他のものを通じた接触や,同化や,(胚のように)接合によって増大する限りのものどもである.(R2) 同化は接触とは異なる.というのも,一方の側では,接触に加えて他の何ものもあることが必要ではないが,同化するものどもの場合,二つのもののうちにある一つの同一のものがあり,それが接触の代わりに同化させ,また連続と量とに即して,しかし質に即してではなく,一つであるようにするのだ.

[1014b27] (D4) さらに,自然本性であると言われるのは,その第一のものから,自然本性的にあるものどものうちの或るものがある,または生じるところのものであり,その際,当の第一のものは無秩序であって,それ自身の力によって変化しない.例えば銅は像や銅製のものの,木材は木製のものの自然本性であると語られるのであり,他のものどもについても同様である.というのも,第一の質料が保存されて,これらから各々のものがあるから.というのも,この仕方で,自然的にあるものどもの構成要素も自然本性であると人々は主張するから.ある人々は火を,ある人々は土を,ある人々は空気を,ある人々は水を,ある人々はそれとは別のそうした何かを,ある人々はそれらのいくつかを,ある人々はそれら全てを〔自然本性であると〕語るのである.

[1014b35] (D5) さらに,別の仕方では,自然本性上あるものどもの本質存在が自然本性であると語られる.例えば,自然本性は第一の複合であると語る人々のように,あるいはエンペドクレスが「自然本性はあるものどもの何ものにもなく,むしろ混合と混合したものの分離のみがあり,「自然本性」とそれらについて人間によって名指されているのだ」と語るように.それゆえに,自然本性上ある,またはなる限りのものどもは,自然本性上そこからなるまたはあるところのものがすでにあるとしても,形相すなわち形状をもたなければ,まだ自然本性をもつとは私たちは主張しない.

[1015a6] (R3) そこで,これら両方からなるものは自然本性上ある.例えば動物やその諸部分のように.その一方で,第一の質料(そしてこれ〔=第一の質料〕は二通りにあり,それに対して第一であるか,または総じて第一である.例えば銅の製品については,それらに対して銅が第一であるが,総じて言えばおそらく水が〔第一である〕,もし全ての溶解しうるものが水であるなら)と形相すなわち本質存在が,自然本性である.これが生成の終極である.

[1015a11] (D6) 比喩的には,全ての本質存在がこれによって自然本性であると語られる.なぜなら自然本性も何らかの本質存在であるからだ.

[1015a13] (R4) 上述のことから,第一の,また支配的に語られる自然本性は,それらである限りのそれら自身のうちに運動の原理をもつものどもの本質存在である.というのも,質料はこれ〔=本質〕を受け入れうることによって自然本性であると語られるのであり,諸々の生成と成長はこれ〔=本質存在〕から運動があることによって〔ある〕.そして,自然本性上あるものどもの運動の原理はこれ〔=本質存在〕であり,可能的または完成的になんらか内属するのである.

研究文献

R: Ross 1924, K: Kirwan 1993, DJ: Duminil & Jaulin 1991, BS: Bodéüs & Stevens 2014.

  • (D1)
    • R: φύσις に「誕生」「成長」の意味が存在したかは疑わしい.Pl. Leg. 892c および本箇所や Phys. II 1 は語源学的な 'learned' references にすぎない.
    • DJ:
      • 植物のみ.生物学著作では φυόμενα が φυτά の意味で使われる.
      • 単に語源に訴えているのではなく,'υ' の発音が植物の成長に比されている (?).
    • BS:
      • 種子から植物,胎児から動物への発達.
      • 並行箇所: "ἔτι δ’ ἡ φύσις ἡ λεγομένη ὡς γένεσις ὁδός ἐστιν εἰς φύσιν" (Phys. II 1, 193b12-13); Cf. "ὁδὸς εἰς οὐσίαν" (Γ2, 1003b7).
      • 関連する規定: (g) "τὸ τέλος τῆς γενέσεως".
  • (D2)
    • R, BS: 最初に作られる部位.例: 動物の場合,心臓.ここには質料への言及はない (↔ (e)).
  • (D3)
    • K: 「それである限りのそれのうちに」: 医者が自分を治療する場合は ᾗ αὐτὸ ではない.
    • BS:
      • 並行箇所: "ὡς οὔσης τῆς φύσεως ἀρχῆς τινὸς καὶ αἰτίας τοῦ κινεῖσθαι καὶ ἠρεμεῖν ἐν ᾧ ὑπάρχει πρώτως καθ’ αὑτὸ καὶ μὴ κατὰ συμβεβηκός" (Phys. II 1, 192b20-23).
      • 対比: "τὸ ἔχον κινήσεως ἀρχὴν ἢ μεταβολῆς ... ἐν ἑτέρῳ ἢ ᾗ ἕτερον" (Δ12, τὸ δυνατόν の一定義).δύναμις は外在的,φύσις は内在的.
        • この意味での φύσις は種子・胎児の成長 (≠ 発生) の原因となる (GA II 1, 4).= 栄養摂取的な魂.
  • (R1)
    • BS: 関連箇所: GA II 4.
  • (R2)
    • DJ: ἁφή は全ての動物に備わる感覚であり,植物と動物を分かつ点.
    • DJ, BS: πρόσφυσις は臍帯について言われる (GA II 7).
    • BS: πρόσφυσις は植物の根と土の間の単なる ἁφή と対比できる.
      • だが,「胎児は栄養摂取の原理を外部にもつ」という可能な反論を斥けているわけではない.そうだとすれば成り立たない議論である.また質的差異も指摘されている.
        • R: 例: 筋肉と骨.
      • むしろ単に,(D3) の意味での栄養摂取原理が胎児と植物に同様に見出されることを述べている.栄養摂取的な魂はもっとも一般的な魂であり,内在的作用原理としての φύσις の普遍性を示す.
  • (D4)
    • BS:
      • 並行箇所: "δοκεῖ δ’ ἡ φύσις καὶ ἡ οὐσία τῶν φύσει ὄντων ἐνίοις εἶναι τὸ πρῶτον ἐνυπάρχον ἑκάστῳ, ἀρρύθμιστον <ὂν> καθ’ ἑαυτό, οἷον κλίνης φύσις τὸ ξύλον, ἀνδριάντος δ’ ὁ χαλκός." (Phys. II 1, 193a10-13).
        • 稀語 ἀρρύθμιστον が並行性を裏付ける.
        • 自然物:基礎に置かれるもの::銅や木材:人工物 (cf. Phys. I 7 191a7-12; II 1, 193a17-23).
  • (D5)
    • BS:
      • 形相としての οὐσία: Δ8, 1017b24-26.
        • 並行箇所1: "ἄλλον δὲ τρόπον ἡ μορφὴ καὶ τὸ εἶδος τὸ κατὰ τὸν λόγον" (Phys. II 1, 193a30-31).
        • 並行箇所2: "ἄλλον τρόπον ἡ φύσις ἂν εἴη τῶν ἐχόντων ἐν αὑτοῖς κινήσεως ἀρχὴν ἡ μορφὴ καὶ τὸ εἶδος, οὐ χωριστὸν ὂν ἀλλ’ ἢ κατὰ τὸν λόγον" (193b3-5).
      • 「第一の複合であると語る人々」: 言及先としてもっともらしいのは,プラトニスト (Z13, 1039a12-13) よりは,むしろ自然物を地水火風から構成する人々 (PA II 1).
      • ここでアリストテレスはエンペドクレスのように「「自然」は単なる名辞にすぎず,いかなる現実にも対応しない」と主張しているわけではない.エンペドクレスは,人間から人間が生じるといったことを説明する何らかの不変の原因があることを見落としている (GC II 6).
      • 「それゆえに」以下は新生児を念頭に置いたものか.この考察は形相と終極の同一視を準備する.
  • (R3)
    • R: 「全ての溶解しうるものが水である」: Cf. Tim 58d.
    • BS:
      • この一節の眼目は専ら自然的事物と自然本性の区別にある.οὐσία と異なり φύσις は複合者には語られない.
        • 並行箇所: "τὸ δ’ ἐκ τούτων φύσις μὲν οὐκ ἔστιν, φύσει δέ, οἷον ἄνθρωπος" (193b5-6).
        • 部分も「両方からなる」: 眼には質料的自然本性 (構成要素) と形相的自然本性 (見る能力) がある (cf. DA II 1).
      • 「第一」の近接/究極 (=構成要素) の二義が語られる.
        • R, BS: スコラ的 materia prima (構成要素に潜む純粋な力のようなもの) は無関係.
      • 質料に対する形相の先行性 (PA I 1; II 1) はここでは示唆されない.
  • (D6)
    • BS: (D5) の比喩的転用: 白の φύσις,三角形の φύσις,工具の φύσις など.
  • (R4)
    • BS:
      • (D5) の先行性は,形相の質料に対する存在論的先行性とは異なる.(D5) の先行性は,むしろ,他の定義が形相 (終極) への参照なしには理解できないことから導かれている.
      • φύσις の諸義の相互関係と δύναμις のそれ (Δ12) は同一である.Cf. "ἐν ταὐτῷ γὰρ γένει τῇ δυνάμει: ἀρχὴ γὰρ κινητική, ἀλλ᾽ οὐκ ἐν ἄλλῳ ἀλλ᾽ ἐν αὐτῷ ᾗ αὐτό" (Θ8, 1049b8-10).

  1. πρῶτον E1JAbΓ を読む.