社会的秩序の正当性の問題 『社会契約論』第1篇第1章まで
Bernardi (2001) の注釈を見ながら読む.作田訳も参考にする.
第1篇
私は,人々をあるがままに把握し,諸法をありうるがままに把握したとき,市民的秩序における正当かつ確実ななんらかの統治の規則がありうるかどうかを探求しようと思う.私はこの研究においてつねに,正義と効用が決して分裂しないように,権利が許すことと,利益が命ずることとを調和させるよう努力しよう.
私は自分の主題の重要性を立証することなしに本題に入る.「政治について書くなどとは,きみは君主か立法者なのか」と問われるかもしれない.私は「否」と答える.そして「それゆえにこそ,政治について書くのだ」と.かりに私が君主や立法者であったなら,なすべきことについて述べるのに時間を費やしたりはしないだろう.私はそれを実行するか,あるいは黙っているだろう.
自由な国家の市民,また主権者の成員に生まれたからには,公的な問題において私の声がもちうる影響力がどれほど小さかろうと,それに投票する権利だけで,それを調べる義務を私に課すに十分である.幸いなことに,諸政府について思いを巡らすたび,私の研究のうちに,わが国の政府を愛する新たな理由をいつも発見するのだ!
Je veux chercher si dans l’ordre civil il peut y avoir quelque règle d’administration légitime et sûre, en prenant les hommes tels qu’ils sont, et les loix telles qu’elles peuvent être : Je tâcherai d’allier toujours dans cette recherche ce que le droit permet avec ce que l’intérêt prescrit, afin que la justice et l’utilité ne se trouvent point divisées.
J’entre en matière sans prouver l’importance de mon sujet. On me demandera si je suis prince ou législateur pour écrire sur la Politique ? Je réponds que non, et que c’est pour cela que j’écris sur la Politique. Si j’étois prince ou législateur, je ne perdrais pas mon tems à dire ce qu’il faut faire ; je le ferais, ou je me tairais.
Né citoyen d’un État libre, et membre du souverain, quelque faible influence que puisse avoir ma voix dans les affaires publiques, le droit d’y voter suffit pour m’imposer le devoir de m’en instruire. Heureux, toutes les fois que je médite sur les Gouvernements, de trouver toujours dans mes recherches de nouvelles raisons d’aimer celui de mon pays !
第1章 第1篇の主題
人間は自由に生まれついているが,いたるところで鉄鎖につながれている.自身を他の人々の主人であると信じている人も,やはり彼らよりいっそう奴隷であるのだ.いかにしてこの変化が実現されたのか? 私は知らない.その変化はいかにして正当でありうるのか? この問題は解けると思う.
私が力とそれに由来する効果のみを考察するなら,私はこう言うだろう.人民がが服従することを強制され,また実際に服従しているあいだは,それでよい.人々が束縛を振りほどくことができ,また実際に振りほどくやいなや,なおよくなる.それというのも,人民から自由を奪っていたのと同じ権利によって自由を回復した以上,当の自由を取り返す十分な根拠があるか,あるいはおよそ彼から自由を奪うべきではなかったのだ.しかし社会的秩序は神聖なる権利であって,その他のあらゆる権利の基礎となる.だがこの権利はなんら自然から生じるものではない.したがって諸規約から生じる.それら諸規約とは何であるかを知る必要がある.そこに論じおよぶ前に,私は私がここまで述べたことを論証しなければならない.
L’homme est né libre, et partout il est dans les fers. Tel se croit le maître des autres qui ne laisse pas d’être plus esclave qu’eux. Comment ce changement s’est-il fait? Je l’ignore. Qu’est-ce qui peut le rendre légitime? Je crois pouvoir résoudre cette question.
Si je ne considérais que la force, et l’effet qui en dérive, je dirais ; tant qu’un peuple est contraint d’obéir et qu’il obéit, il fait bien ; sitôt qu’il peut secouer le joug, et qu’il le secoue, il fait encore mieux ; car, recouvrant sa liberté par le même droit qui la lui a ravie, ou il est fondé à la reprendre, ou on ne l’était point à la lui ôter. Mais l’ordre social est un droit sacré, qui sert de base à tous les autres. Cependant ce droit ne vient point de la nature ; il est donc fondé sur des conventions. Il s’agit de savoir quelles sont ces conventions. Avant d’en venir là je dois établir ce que je viens d’avancer.
要約
- CS の課題:
- (i) 人間の現実のあり方,および (ii) 法の可能的なあり方,という制約条件のもとで,
- (a) 市民的秩序における統治の規則として (b) 正当かつ (c) 確実なものがあるか,を探求する.
- かつその際,権利と利益がつねに調和するようにする.
- 君主や立法者の立場にないからこそ,政治について書くことに意味がある.
主権者の成員であることは,行使しうる影響力の多寡にかかわらず,政治を研究する理由づけとして十分である.
人間は「自由に生まれついているが,いたるところで鉄鎖につながれている」状態へと変化した.
- 問い: その変化はいかにして正当でありうるのか (≠ いかにして変化したか).
- 〈力とその効果〉の観点から言えば: 人民が服従を強いられるのはよく,自由を回復するならなおよい (強制と自由の回復とは同じ権利によるから).
- 一方で,社会的秩序は (1) 全権利の基礎であり,(2) かつ自然に由来しない (i.e., 規約的である).
注解
Bernardi:
- CS の枠組みは「市民的秩序」である.『起源論』では自然状態からここへの移行が問題とされたが CS では市民的秩序にある人間が扱われる.目次に見える第1篇の副題 (Où l'on recherche comment l'homme passe de l'État de nature à l'état civil, et quelles sont les conditions essentielles du pacte) もそのことと矛盾はしない; comment であり pourquoi ではない1.問題は変化の正当化.冒頭5章が副題の一つ目の問い,続く4章が二つ目の問いに答える.
- 「正当かつ確実な統治の規則」は正当な政体の基礎としての一般意志ということになる (Derathé).これは政治的権利の原理であってその適用例ではない.
- 利益/権利: 前者は「万人が自己保存に気を配っている」という第一の法 (la première loi) に,後者は市民的秩序において自由を保存するという要請に根ざしている.
主権者の成員であることは君主や立法者でないことと矛盾しない (CS II, VII et III, I).
"né libre": 人権宣言では基底にあるラテン語を汲んで "Les hommes naissent et demeurent libres," i.e., 自然本性上 (par la nature) 自由である.(人権宣言への影響につき cf. Tatin-Gourier (1989) Le CS en question.)
- "esclave": cf. "Quiconque est maître ne peut être libre, et régner c'est obéir" (『山からの手紙』).隷従・自由概念の理解をより豊かにしている; 核は政治的だがいっそう広く人類学的でもある (CS I, VIII).
- "Je l’ignore":『起源論』の撤回ではない.そもそも仮説に過ぎなかった.
- 変化から正当性への論点の移行は前マキァヴェッリ的政治観への退行を意味しない: ルソーは前政治的な権利規範を想定しているのではなく,政治的秩序のうちで権利規範を生み出しうるものを探求している.そして社会契約と一般意志の出現が回答になる.
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“Comment ce changement s’est-il fait?” という問い方はしない,という1章の宣言とは平仄が合わないように思える.↩