『テアイテトス』154e-155e 変化に関する逆説 (二例目)

Tht. 154e6-155e2.


ソクラテス 私もだ.そうである以上,落ち着いて,ごく多くの余暇を過ごしている人々のように,私たちは再びもう一度検討するとしよう.気難しくならず,本当に私たち自身を吟味しつつ,私たちのうちにあるこれらの現れが一体何であるのかを.そのうち最初のものを検討するなら,私たちは,私が思うに,次のように主張するだろう.「何ものもいかなるときも,それがそれ自身と等しいあいだは,大きさや数の点で大きくなったり小さくなったりすることはできない.」そうではないだろうか.

テアイテトス ええ.

ソクラテス 第二に,「何も付け加えられたり取り去られたりしないものは,増加することも減少することもなく,つねに等しい」.

テアイテトス まさしく.

ソクラテス ではまた第三に,以前にありはしなかったものが,後にしかしなることネスタなりゆくことギグネスタなしにある,ということは不可能ではないか.

テアイテトス そう思われますとも.

ソクラテス 同意されたこれら三つのこと自体が,思うに,それらそのものに対して私たちの魂のなかで戦うのだ−−私たちが骰子に関することを述べるときや,あるいは「私たちがこれくらいの大きさにあって,成長することもその反対を被ることもないのに,一年のうちに,私の大きさは何ら減少することなく,むしろ君が増えることで,今は君という若者より大きいが,後にはより小さくなる」と述べるときにね.というのも,私は後には以前にそうではなかったあり方をしているのだが,何かになったわけではないから.というのも,なりゆくことなしになることは不可能だが,大きさのいくらかを失うことなしには,私が小さくなりゆくことはない.そして無数の他のものが無数の事柄について同様なのだ,これらのことをも私たちが受け入れる以上はね.というのも,君はおそらくついてきているだろう1,テアイテトス.少なくとも君はこうしたことを聞いたことがないわけではないと思う.

テアイテトス ええ,そして神に誓って,ソクラテス,これらが一体何なのかとこの上なく驚嘆し,またときにはそれらを見て全く目眩がしているのです.

ソクラテス つまり友よ,このテオドロスは君の天性について見事に推測していたと見えるね.というのも,驚嘆するというこの感情はまさしく哲学者のものなのだから.というのも,それこそ哲学の始まりに他ならないのであって,イリスはタウマスから生まれたと主張した人は系譜を見事に論じていたように思われる.しかし,プロタゴラスが述べていると私たちが主張していることからして,これらがこのようであるのは何ゆえであるかを,君はすでにわかっているだろうか,それともまだだろうか.

テアイテトス 私はまだわかっていないように思います.

ソクラテス では,この名高き男の,いやむしろ男たち自身の考えの隠された「真理」を君とともに検討するなら,君はぼくのことをありがたく思うだろうか.

テアイテトス もちろんありがたく思います,それも大いに.

要約

  • 三つの「現れ」(φάσματα) がある:
    1. x は,x 自身と等しいあいだは,大きくなったり小さくなったり (aor.) しない.
    2. x は,何かが x に付加されたり,x から除去されたりしなければ (pres.),x 自身と等しい.
    3. 以前 f でなかったものが,「なる」(aor.)「なりゆく」(pres.) ことなしに f であることはできない.
  • だが,骰子の例や,成長の例は,これらの現れに疑義を付す.
    • 成長の例: テアイテトスが成長することで,以前テアイテトスより大きかったソクラテスが,そのままの大きさで,テアイテトスより小さくなる.
      • このとき,ソクラテスの大きさは引き去られていない.
      • したがって,等しい (∵ 2).したがって,大きくなったり小さくなったりしていない (∵ 1).
        • 「小さくなりゆく」(pres.) という過程を経ずに「小さくなる」(aor.) という結果に至ることはできない.
      • したがって,以前「テアイテトスより小さい」ものでなかったソクラテスが,「テアイテトスより小さい」ものになることはできない (∵ 3) はずである.
      • だが,実際にはテアイテトスより小さいものになっている.
    • こうした例は他にも無数にあるだろう.
  • この議論は人口に膾炙している.テアイテトスはこれにつねづね「驚嘆している」と述べ,ソクラテスはそれこそ哲学者の始まりをなす感情であると応じる.

先行研究

Burnyeat の議論はある程度読み進めてから見たほうがいいかもしれない.前回の箇所に関してはバークリやラッセルの議論との対比が行われていた.

Cornford:

  • Crat. ではイリスが εἴρειν と結び付けられ (408b),εἴρειν (λέγειν) が問答法と結び付けられる (398d).この一節は Crat. なしには理解不能であり,このことは Crat.Tht. に時間的に先行することを示している.
  • このパズルの眼目はこれ以上説明されておらず,理解が読者に委ねられている.
    • このパズルは「大きい」を関係的性質と見なさず内的性質と見なす場合にだけ生じる.Phd. の説明は明らかにそうである.一方ここではソクラテスが変化していないという論点,および感覚の相対性という論点が出ている.したがっておそらく,熱い・白い・大きいということが個物に内在するイデアの実例であるという以前の考えが,ここでは放棄されている.
      • とはいえ,「関係のイデア」を放棄しているとは言えない;「大きい」と「熱い」「白い」はここで明確には区別されていない.

McDowell:

  • パズルを解くのは難しくない: 六個の骰子は四個より (than four) 大きいがそれ自身より (than they were) 大きくなってはいない.適当な 'than' 句を挿入すれば矛盾はなくなる.そしてこれがプラトンの意図した解決でもある.ただし:
    • 先述の感覚理論は以上の論点とは別ものであり,遠く似通っているにすぎない.
    • このパズルは 154b1-6 の議論と同じ論点を示しているように見えるが,同箇所は (前述の通り)「ある」の使用の危険性を示すもので,非相対的な言葉づかいの危険性を示すものではない2
      • そうだとすると,この箇所もむしろ「ある」と「なる」の使用の常識的結合を批判する議論とみなせる.
      • その場合,提示されている矛盾は真正のものだということになる.

  1. ἕπει Heindorf: εἰπὲ βTW.

  2. ここはあまり納得してない.