2月に読んだ本

  • 池澤夏樹 (1990)『夏の朝の成層圏』中公文庫.
    • 著者の小説を読むのは『スティル・ライフ』『マシアス・ギリの失脚』につづいて三作目だと思う.南洋の無人島に漂着した主人公が,孤独で素朴な生活を経て,文明的生活とふたたび邂逅するまでを瑞々しい筆致で描く.脱文明への憧憬をひとつの主題とする漂流記ではあるが,野生と文明の二項対立は設定のうえでも語りにおいても必ずしも先鋭化されず,むしろ両者のあわいに立ちつくす主人公のありさまが巧みに表現されている.
  • Christian W. McMillen (2016) Pandemics: A Very Short Introduction, Oxford UP.
    • ペスト・天然痘マラリアコレラ結核・インフルエンザ・HIV/AIDS という7種類の疫病のパンデミックを章ごとに取り上げ,その発生・流行の様態と社会的影響 (医学との関係,社会構造の変動,文化的影響,イデオロギーとの結びつき等々) とを論じる.各章の叙述はおおむね独立しており各疾病の小史として読むことができる.
  • 柴田三千雄 (2006)『フランス史10講』岩波新書
    • 「ガロ・ローマ時代」から第五共和政までのフランス史を10段階に区分して叙述する.各時代の (また同時代の他地域に対するフランスの) 特色を政治力学・社会構造の変化の観点から端的に取り出すという方針が徹底している.同シリーズからは現在ほかにイギリス・ドイツ・イタリア史10講が出ている.
  • 植村玄輝ほか (2017)『現代現象学: 経験から始める哲学入門』新曜社
    • ずっと積読にしていた.「現代現象学」というのがどれくらい一般的な言葉なのかは分からないが,本書の「現象学」とは「経験」(一人称の志向的体験) から出発し経験の解明を通じて世界を理解する方法のことであり,「現代」というのは現代哲学の土俵で (i.e., 現象学者以外も盛んに論じている現代的論題を対象として) それを実践するというくらいの意味.文献案内も豊富で今後も読み返すことになると思う.Further reading として『フッサール研究』第16号の特集「現代現象学の批判的検討」の諸論考がある.