形容詞的繫辞 Kahn (1973) The Verb 'Be' in Ancient Greek, Ch.4 #1
- Charles H. Kahn (1973/2003) The Verb 'Be' in Ancient Greek. D. Reidel.
- Chap.4. Description of the copula uses. 85-183. [here 85-102.]
§1. 繋辞構文
伝統的な比較文法の理論であ,ギリシア語を含む印欧語の統語論は動詞文タイプと名詞文タイプの対比によって特徴づけられる.これは変形理論では二つの核文形式のクラスの区別として再登場する: 基本的な動詞 V を含む文形式 NV, NVN, NVPN と V を含まない下位形式 (infrasentence) NA, NN, NDloc, NPN. 後者に導入される動詞 be を基本的繋辞として定義した.そして類比的に,基本に近い (near-elementary) 繋辞と二階の繋辞を導入した: John (is) tall (基本),John (is) singing (基本に近い),John's singing (is) off key (二階).
したがって文法的には,動詞 *es- の重要性は,名詞文と動詞文のギャップを架橋する点にある.それゆえにこの動詞は最も普遍的な名詞,ポールロワイヤル論理学の所謂唯一の真の名詞,の現れを取る.そこで,どうして *es- がこうした普遍的な役割を取るのか,言い換えれば εἰμί とその他のより典型的に基本的な動詞との関係如何,が問われうる.
以上の問いは最後にしか答えられない.本章では繋辞動詞の概念により明確な形式と内容を与えることを試みる.繋辞文の用例は諸用法の中で最多であり (Il. 1-12 では 80-85% を占める),量的には主要な用法と言える.また形式的に定義しやすくもある.
§2. 本章の計画
前述の7種の文形式を記述の基礎に据える.主なタイプは以下のように分類できる:
- 名詞的繋辞 (nominal copula)
- 形容詞的繋辞: N is A
- 名詞繋辞: N is N, N is NrelPN
- 地格的繋辞: N is Dlocative, N is PN
述語代名詞や分詞の用法は明らかに 1 のヴァリアントである.一方で,述語属格や副詞的繋辞はこの図式にうまく当てはまらない.述語属格は 2 に入る準地格的構文のように思われる.副詞的繋辞は 1 と 2 の中間的事例であり,形式上は 2 に,意味上は 1 に近い.これに混合事例や非人称構文を加えて,以下のように構成する.
- 名詞的繋辞 (§§3-20)
- 副詞的繋辞 (§§21-22)
- 地格的繋辞 (§§23-25)
- 純粋な地格 (§23)
- 準地格的用法 (§24)
- 述語属格 (§26)
- 混合事例 (名詞的繋辞と地格的繋辞の,および繋辞と存在的効力のオーヴァーラップ) (§25)
- 繋辞の非人称構文 (§27-30)
名詞的繋辞はさらに区別が必要であり,その際には構文の変形的地位に関する原理も用いる:
- 形容詞的繋辞 (cop A) (§3-7)
- 名詞繋辞 (cop N) (§8-10)
- 迂言的繋辞 (§§14-17)
- -τός, -τέος のような動詞類 (verbals) を伴う繋辞 (§19)
- 形容詞と分詞を伴う繋辞 (§20)
§3. 人格的主語に用いる形容詞的繋辞 (cop A): 基本的用法と派生的用法
N is A の分析は N の構造か A の構造のいずれかから分析されうるが,後者は完全な変形理論を必要とするため,ここではできない.そうした試みが含むだろうことを示唆するに留める.以下の二例を考えよ.
1 Il. 1.114 ἐπεὶ οὔ ἑθέν ἐστι χερείων
2 Il. 1.118 ὄφρα μὴ οἶος / Ἀργείων ἀγέραστος ἔω
1 と 2 はともに基本的文ではない.1 の基本的文形式は N is A だが,2 はそうではなく,変形的に導出される (元は I receive no prize などの形式になる).ただし以下では (studious のような agent adjectives を除いて) 一般的には述語句の変形文法的地位は無視する.
主語 N は 1 にも 2 にも直接出てこないが,III章で述べたように,そうした N を与えて良い.1 の場合は「娘クリュセイス」,2 の場合は「私」すなわちアガメムノンである.
なお法・分詞形・時制といった側面は無視する.
§4. 人称名詞と一階の名詞類
以上の εἰμί の (言語外的) 主語は人格 (person) であるが,これに対応して人称名詞 (personal noun) を言語上で定義できる.古代ギリシア語の場合は一人称・二人称名詞と同格に・の述語として出現しうる名詞である.(英語や仏語ではよりうまく「who? / qui? によって置き換えうるもの」と定義できるが,ギリシア語の場合はできない.)
以上の定義が示唆する説明として: 人格とは,話したり話しかけられたりしうる言語外的主体である.I-you, 話し手-聞き手という観念対は,談話の存在の最小条件と言える.
こうした理由から,人格は談話の範例的主語と見なせ,一階の名詞類の特権的部分クラスと見なせる.一階の部分クラス N とは,具体名詞という直観的観念に対応するものである: 固有名,(一・二) 人称代名詞,可算名詞,物質名詞など,人・場所・物を指定するもの,「持続し再発する物理的対象」(Quine) を指すものである.(有生名詞を定義する形式的基準は印欧語に存在しない.言語学で言われる「人間名詞」(human nouns) というクラスは,上記の人称名詞の不正確な記述であるように思われる (Zeus と Agamemnon の間に言語的相違は存在しない).
一階の名詞類より広い名詞類一般を N* と書く.ここには抽象名詞も含まれる.
§5. 一階の名詞と抽象名詞のための cop A
文主語に関する複雑な問題に入る前に,一階の名詞類に関する N is A の代表的事例を列挙する.
3 Il. 1.176 ἔχθιστος δέ μοί ἐσσι διοτρεφέων βασιλήων
4 Il. 12.12 τόφρα δὲ καὶ μέγα τεῖχος Ἀχαιῶν ἔμπεδον ἦεν.
5 X. An. 1.9.27 ὅπου δὲ χιλὸς σπάνιος πάνυ εἴη
6 Il. 9.25 τοῦ γὰρ κράτος ἐστὶ μέγιστον
7 Il. 10.383 μηδέ τί τοι θάνατος καταθύμιος ἔστω
8 Lys. 1.29 ἐγὼ δὲ ... τὸν δὲ τῆς πόλεως νόμον ἠξίουν εἶναι κυριώτερον
3 は人格的 N に関する N is A の例,4 は無生的対象を指す一階の名詞類の例.5 は物質語が一階の主語になる例.6-8 は抽象名詞の例.例: θάνατος は *θαν-/θνη- の行為名詞化 (action nominalization, nomen actionis) である.
これらの構文で N is A 文形式は以下の基礎的核文から派生する.
- 6A Zeus is stronger than all others.
- 7A Don't think that you will die.
- 8A I acted according to the law (prescription) of the city.
これらの核文は通常 N is A であるわけではない.6 や 7 の変形は文体的理由によるが,8 の場合,文形式そのものが,νόμος といった名詞化なしには耐え難く複雑なものになる.抽象名詞が最も必要なのは,おそらく,行為の原理や計画という意図の領域や制度の領域においてである.以上が示唆するのは,8 に見られるのが,抽象的存在者間の関係について語るという,抽象的 N の本質的に異なる機能だということである.
N is A の問題・境界的な事例としては以下が挙げられる.
- 9 Il. 1.107 αἰεί τοι τὰ κάκ᾽ ἐστὶ φίλα φρεσὶ μαντεύεσθαι
- 10 Il. 11.793 ἀγαθὴ δὲ παραίφασίς ἐστιν ἑταίρου
- 11 Lys. 13.23 ὁρῶντες τὰ πράγματα οὐχ οἷα βέλτιστα ἐν τῇ πόλει ὄντα
11 の πράγματα は πράσσω の名詞化とも取れる一方,(ホメロスの ἔργα のような) 文脈上の他の文が指定する特定の行為・出来事を覆う便利な語とも見なせる.したがって,抽象的 N と文主語の境界線上にある.同様に,10 の παραίφασίς も παράφασθαι の僅かにフォーマルな変種にすぎず,文主語と等価である.9 は二重に複雑である: τὰ κακά は things のような一般的な分類辞が背後にある.かつ,κακά と φίλα の対応を取ると同格的不定詞 μαντεύεσθαι の厳密な構文が未決定のままに止まる.一方で κακά を直接目的語として取ると,不定詞句が (文) 主語になる.
§6. 文主語の cop A
文主語のギリシア語における典型的形式は不定詞句である.あるいは定動詞を含む区別された節,あるいは一つ以上の別の文によって特定される.これらは全て同じ一般的機能を果たす.
- (a) 繫辞動詞が,文を指す前方照応的指示代名詞を主語に取る場合.
- 12 Il. 7.28 ἀλλ᾽ εἴ μοί τι πίθοιο τό κεν πολὺ κέρδιον εἴη: / νῦν μὲν παύσωμεν πόλεμον καὶ δηϊοτῆτα / σήμερον
- (b) ὡς, οὕτως, ὧδε によって節・文が参照される場合.
- 13 Il. 8.473 οὐ γὰρ πρὶν πολέμου ἀποπαύσεται ὄβριμος Ἕκτωρ / πρὶν ὄρθαι παρὰ ναῦφι ποδώκεα Πηλεΐωνα, / ἤματι τῷ ὅτ᾽ ἂν ... μάχωνται / ... περὶ Πατρόκλοιο θανόντος: / ὣς γὰρ θέσφατόν ἐστι
- 14 Od. 6.145 ὣς ἄρα οἱ φρονέοντι δοάσσατο κέρδιον εἶναι, / λίσσεσθαι ἐπέεσσιν ἀποσταδὰ μειλιχίοισι
- (c) 文を指すゼロ代名詞が了解されるべき場合.
- 15 Il. 5.201 ἀλλ᾽ ἐγὼ οὐ πιθόμην: ἦ τ᾽ ἂν πολὺ κέρδιον ἦεν
- 16 Il. 3.40 αἴθ᾽ ὄφελες ἄγονός τ᾽ ἔμεναι ἄγαμός τ᾽ ἀπολέσθαι: / καί κε τὸ βουλοίμην, καί κεν πολὺ κέρδιον ἦεν
- (d) ゼロ代名詞 it が続く不定詞によって特定される場合 (ホメロスに典型的).
- 17 Il. 6.410 ἐμοὶ δέ κε κέρδιον εἴη / σεῦ ἀφαμαρτούσῃ χθόνα δύμεναι
- 18 Od. 8.549 φάσθαι δέ σε κάλλιόν ἐστιν.
- (e) 繫辞の明示されない主語が文の定動詞を伴う従属名詞節によって示される場合.文構造は従属ではなく並列になりがちである.ホメロスには少ない.
- 19 X. An. 2.3.1 ὃ δὲ δὴ ἔγραψα ὅτι βασιλεὺς ἐξεπλάγη τῇ ἐφόδῳ, τῷδε δῆλον ἦν
これら諸形式の相違については多くの議論がある.代名詞が示される構文と「主語がない」構文 (i.e. ゼロ主語をもつ構文) を峻別する論者もいるが,その区別に深い構文的興味はない.12-18 の用法は明らかに 1-11 の N is A 構文との形式的類比のもとで組まれている.17-18 の不定詞は明らかに繫辞動詞と密接に結びついており,それが「主語として感じられる」かそれとも「見かけ上の主語」でしかないかを問うのは意味がない.次のように代名詞が示されている場合でも同じである:
- 20 Od. 1.370 ἐπεὶ τό γε καλὸν ἀκουέμεν ἐστὶν ἀοιδοῦ
ここの τό-ἀκουέμεν の関係は次に示される関係と全く同じである:
- 21 Il. 4.20 αἳ δ᾽ ἐπέμυξαν Ἀθηναίη τε καὶ Ἥρη
12, 15, 16 は主語節が不定詞形式の文に埋め込まれずいっそう並列的に表されている点でのみ異なる.ギリシア語は一般的に,こうした並列的形式から,より明示的な形式的手段を用いていっそう明確に示す形に発展していった.不定詞節の主語としての基底的役割は後代には冠詞付きの不定詞の用法によって表面化する:
- νέοις τὸ σιγᾶν κρεῖττόν ἐστι τοῦ λαλεῖν (メナンドロス, Sententiae 258 ed. Jaekel)
§7. Cop A の結論
以上の N* is A の形式はギリシア語における繫辞の最もありふれた形式である.これと繫辞構文における最もありふれた主語が人称名詞であることを考え合わせると,「人間は白い」というアリストテレスの範例は実際にギリシア語の be 動詞の最も典型的な用法を表していることになる.