『魂について』II.1 #1 魂 := 道具的な自然的物体の第一の完成態

DA II.1 412a3-b9. 写本状況に関して以下のサーヴェイが参考になる: M. C. Nussbaum (1992) "The Text of Aristotle's De Anima". Google Books で全文が読める.


[412a3] では,先行する人々によって魂について伝えられてきたことどもは語られたものとしよう.再び始めからのごとくに立ち戻り,魂とは何であるか,すなわち魂の極めて共通的な説明規定は何であり得るか,を規定することを試みよう.さて,本質存在ウーシアーは〈あるもの〉どもの或る一つの類であると我々は述べる.本質存在の或るものは質料としてあり,この質料はそれ自体としては〈或るこれ〉ではない.他方で或るものは形状すなわち形相であり,つねにこの形状に従って〈或るこれ〉が語られる.そして第三に,両者からなるものがある.質料は可能態であり,形相は完成態であって,形相は二通りにあり,一方で理解した状態のように,他方で考察することのようにある.諸物体はこの上なく本質存在であると思われており,また,諸物体のなかでも自然的なものがそうであると思われている.というのも,自然的な諸物体は他の諸物体の始原だから.自然的な諸物体のうち,或るものは生をもっており,或るものはもっていない.「生」と我々が言うのは,それ自身による栄養摂取や成長,衰微のことである.したがって,生に与る全ての自然的物体は本質存在であるだろうし,本質存在は複合されたものとしてあるだろう.

[412a16] だが,かくかくの物体−−すなわち生をもつもの−−でもあるのだから,「魂とは物体である」というわけではない.というのも,物体は基礎に置かれるものについて〔述定される〕ものどもに属してはおらず,むしろ基礎に置かれるもの,すなわち質料としてあるのだから.したがって魂は,「可能的に生をもつ自然的物体の形相としての本質存在」であることが必然である.本質存在は完成態である.したがって〔魂は〕このような物体の完成態である.完成態は二通りに語られ,一方で理解した状態のように,他方で考察することのように語られる.理解した状態のようにあることは明らかである.というのも,魂がある場合に睡眠と覚醒があるのであり,覚醒は考察することと,睡眠は〔理解を〕持っているが働かせていないことと類比的だから.同じ人については,知識が生成の点でより先である.それゆえ,魂は,「可能的に生をもつ自然的物体の第一の完成態」である.こうしたものは,道具的であるようなものである.植物の諸部分も道具であるが,まったく単純な道具である.例えば葉は果皮の覆いであり,果皮は果実の覆いである.根は口と類比的である.というのも,両者とも栄養を吸い上げるから.そして,あらゆる魂について共通の何かを語らなければならないとすれば,それは「道具的な自然的物体の第一の完成態」であるだろう.それゆえ,魂と物体が一つであるかどうかを探究すべきではない.それはちょうど,封蠟と印形が一つであるか,また一般に個々のものの素材と,素材がそれの素材であるところのものとが一つであるか〔を探究すべきではないこと〕と同様である.というのも,〈一〉と〈ある〉は多様に語られるが,完成態は勝義において〔〈一〉であり〈ある〉の〕だから.

要約

第1巻におけるエンドクサの吟味を経て,魂の定義論に戻る.

  • 問い: 魂とは何か.
  • 形而上学的前提:
    • 本質存在は〈あるもの〉の一つの類である.
    • 本質存在には,(i) 質料としてあるもの,(ii) 形相としてあるもの,(iii) 質料と形相の複合体がある.
    • 質料は可能態であり,形相は完成態である.
      • 完成態にも二通りあり (e.g. 知識 → 考察すること),前者が先に生じる.
    • 本質存在である度合い: 自然的物体 > 物体 > その他 (∵ 自然的物体は他の物体の始原).
    • 生に与る (栄養摂取し成長・衰微する) 自然的物体 ⊂ 自然的物体.
      • ∴ 生に与る自然的物体は実体.かつ複合的〔∵ 可能態と現実態の両方をもつ〕.
  • 以上の前提に基づく魂の定義 (徐々に特定される):
    • 魂 ≠ 物体 (∵ 物体は質料でしかない).
    • 定義0 魂 := 可能的に生をもつ自然的物体の形相.
    • 定義1 魂 := 可能的に生をもつ自然的物体の第一の完成態.
      • ∵〔形相は完成態であり,かつ〕魂の所持は活動/休止に先立つ.
    • 定義2 魂 := 道具的な自然的物体の第一の完成態.
      • ∵ 可能的に生をもつ自然的物体は道具的である.

訳注

  • ἐπιστήμη: 理解 (した状態),ζωή: 生 (たぶんプロセスを含意する).
  • τὴν δι' αὑτοῦ τροφήν (a14): Hicks は δι' αὐτοῦ とするが (写本的には優勢),意味がよく分からない (Hicks はなぜかこれで 'self-nourishment' と訳している).Ross, Jannone に従い気息付きの αὑτοῦ で読む.

先行研究

  • P.: アリストテレスが『形而上学』を前提に議論していると考える必要は必ずしもない.多くは『自然学』に見られる前提であり,τόδε τι は『オルガノン』に属する.
  • P.:「魂が単なる物体ではない」ことの論証は重要であるが簡潔に済まされている.おそらくは DA I で既に退けられているから.だが,本章では,「生命が魂を前提しており,かつ,魂が原理である」という決定的論点が前提されている.前者は次章で扱われ,後者はおそらく論考全体が確証している.
  • P.: ὀργανικόν については,having instruments / being composed of instruments とする解釈と,これに反対してたんに instrumental という意味に取る解釈 (Everson 1997, Menn 2002) がある.P. は前者を支持する.