『ニコマコス倫理学』I.1 行為の目的系列

NE I.1 (1094a1-18).


[1094a1] あらゆる技術や研究,またそれらと同様に行為と企ても,何らかの善を目指していると思われている.それゆえ,「〈善〉とはあらゆるものが目指すものだ」と人々が主張したのは,見事であった.しかし,諸目的には何らかの相違があるように思われる.というのも,いくつかの目的は活動であり,いくつかの目的は活動のほかにある何らかの成果である.そして行為のほかに何らかの目的があるような場合には,活動より成果のほうが本性上より優れている.

[1094a6] 行為や技術や学知は数多くあるので,諸目的も数多くある.医術の目的は健康,造船術の目的は船,統率術の目的は勝利,家政術の目的は富である.こうした諸技術のうちの或るものどもは,単一の何らかの能力のもとにある.ちょうど馬術の下に,馬勒を作る技術や,馬の器具に関するその他のあらゆる技術があり,馬術や戦争に関わる全ての行為は統率術の下にあり,そして同じ方式で他の諸技術が別の技術の下にある.

[1094a14] あらゆる技術の場合に,棟梁的な諸技術の目的は,それらの下にある全ての技術の目的より,いっそう望ましい.前者のために,後者も追求されるのだから.活動そのものが行為の目的であるとしても,あるいは上述の諸学知のように活動のほかにある何かが目的であるとしても,何ら違いはない.

要約

  • 技術・研究・行為・企てはすべて,何らかの善を目指す.
    • しかし,目的の種類は場合によって異なる: (i) 活動そのもの,(ii) 活動の成果.
      • (ii) の場合,成果は活動より本性上優れている.
  • 技術・学知・行為は多数ある.これと相関して,目的も多数ある.
    • ある技術は別の技術のもとに下属する.
  • 技術 T に技術 U が下属するとき,U の目的は T の目的のために追求される.

訳注

  • μέθοδος: 研究,πρᾶξίς: 行為,προαίρεσις: 企て (cf. 'undertaking' (Rowe)),ἐνέργεια: 活動,ἔργον: 成果.
  • ἐφίημι: 目指す,διώκω: 追求する.
  • παρὰ + acc.: ほかにある.
  • 'τῶν ὑπ᾽ αὐτά': それらの下にある技術の目的.文脈から判断する.

先行研究

  • 「目指している」: 'not to make a psychological claim ... It means, rather, that ... they are judged successful or not by their success in promoting the good' (Broadie).
  • 「思われている」(φαίνεται): 'Ar. invokes received views. The 'seems to' does not indicate doubt' (Broadie).
  • 「〈善〉とは……」: 結論は仮説的: もしあらゆる企てが目指すようなものがあるとすれば,それは端的な善である (Broadie).
  • 「棟梁的な諸技術の目的は……いっそう望ましい」技術間の従属関係はこうした目的の従属関係に根拠付けられている (Broadie).