『ポリテイア』II 358e2-359b5 正義の発生論

Resp. 358e2-359b5.

[358e2] 「よくぞおっしゃいました」と彼は言った.「では,第一に述べると私が言ったことについて,聞いてください.すなわち,正義とはどのようなものであり,またどこから生じたのか,ということです.それというのも,人々が主張するには,「本性からして,不正をなすのは良いことであり,不正を受けるのは悪いことであるが,不正をなすことが良いという点で上回るよりいっそう,不正を受けることが悪いという点で上回っている」のです.したがって,互いに不正を働き,不正を被り,その両方を味わうなら,一方を回避し他方を選ぶということのできない人々には,こう思われています.すなわち−−不正を働くことも被ることもしないよう互いと協定することが利益になる,またこのことからして,法律すなわち彼らの間の協定を制定することが始まったのであり,また,法律による命令が合法的であり,正義であると呼ばれている,そして正義のこの起源と本性は,一方で最良の人々−−不正をなしつつ裁きを受けない場合がそうであるが−−に属するのと,他方で最悪の人々−−不正を被りながら復讐をなしえない場合−−に属するのとの中間にあるのだ.正しい事柄がこれら両者の中間にあって歓迎されるのは,良いからではなく,不正をなすことについての無能力によって尊重されているからである.それをなしうる本当の男であれば,「不正をはたらかず,被らない」という契約を誰とも結ばないだろう.そんなことをするのは気が狂っているから,と.

要約

グラウコンが一般的信念として正義の本性と起源を説明する.すなわち,

  • 社会の成員にとって,〈不正を働き・被る〉状況より,〈不正を働かず・被らない〉状況のほうが利益になる状況で,後者の状況を実現するために契約が結ばれた.正義とはその契約内容 (法律の命じる事柄) に他ならない.
  • したがって,正義とは,〈不正を働き・不正を被らない〉と〈不正を働かず・不正を被る〉の中間にある妥協案にすぎない.
    • 現に,〈不正を働き・不正を被らない〉ことのできる人がいれば,こうした契約は結ばないだろう.