鹿子生浩輝『マキァヴェッリ』

君主論』を中心とするマキァヴェッリの入門書.マキァヴェッリの人物像を当時の政治状況とともに簡単に述べた後 (第1章),いわゆるマキァヴェリズムを説く書という『君主論』の通俗的イメージの誤りを指摘する (第2-3章).すなわち統治における「悪徳」の必要が強調されるのは,伝統に基づく正当性を有さない新君主国という例外状況が想定されているからであって,例えば人間本性に関する悲観的な見方などにもとづくわけではない.かつレトリックを捨象すれば,彼以前の政論家と根本的に異なる新しい態度と言うこともできないという.こうした例外状況への注目の背景には,当初マキァヴェッリが同書の献呈を考えていたジュリアーノ・デ・メディチが,実際に新たな国を獲得するだろうという見通しがあった.事実1515年にレオ10世はジュリアーノにロマーニァの諸都市を与えている.『君主論』第7章まではこれら教皇領の諸国が第一義的に念頭に置かれている.もっともどこを獲得するかという点で状況はやや不透明であり,前半の国家分類の複雑さはそうした不透明さを反映しているとも読める.

だがジュリアーノは病死し,献呈先はフィレンツェの統治者ロレンツォに変更される (第4章).第8-11章はこの変更に伴う挿入の可能性もある.これらの章では一転して明らかにフィレンツェが念頭に置かれており,論旨としても,残酷さを避け,公的利益を重視し,市民の好意に基づいて権力を維持する「市民的」体制を勧めている.語 'virtù' が従前の「武力」と異なり「有徳」の意味で用いられる語法の転換もこうした関心の違いを証し立てている.統治対象によって方針が異なるわけである.「市民的君主国」ということで「彼〔マキァヴェッリ〕がメディチ家に今後構築するよう求めている政体は,実のところ,共和政である」(152頁).

そして「市民的君主国」については『ディスコルシ』への参照を求めている (第5章).『ディスコルシ』から『君主論』への参照もあり,両作品はセットである.『ディスコルシ』に見られる共和政の理念は従来マキァヴェッリメディチ家支持と両立しないと解されてきたが,これは誤りであり,当時のメディチ家メディチ派の一部はむしろ共和政の枠組みを用いた統治を志向していたという.同書は現世的な価値を称揚する国家宗教の導入という提案をしており,こうした徹底した世俗性は他の人文主義者と一線を画した態度であると指摘される.総じて誤った「新規性」のイメージを掘り崩し伝統や同時代のコンテクストとの連続性を強調する本書にあっては,ささやかながら,目に付く指摘であろう.最終章では『君主論』最終章における「イタリアの解放」の主張を近代イタリアのナショナリズムと結びつける解釈が批判される (第6章).