『自然学』III.1 #2 可能なものの可能なものとしての完成態

Phys. III.1 201a9ff.


[201a9] 個々の類に即して,一方で完成態的にあるもの,他方で可能的にあるものが区別されたが,可能的にあるものの,そうしたものとしての完成態は,運動である.例えば性質変化しうるものの,性質変化しうるものとしての〔完成態〕は性質変化であり,増大しうるものや,それに対立する減少しうるものの〔完成態〕は (というのも,両者に共通の名前はないから) 増大と減少であり,生成しうるものと消滅しうるものの〔完成態〕は生成と消滅であり,場所移動しうるものの〔完成態〕は場所移動である.これが運動であるということは,そこからして明らかである.というのも,建設されうるものオイコドメートンは,そうしたものそのものであると我々が語るものとして,完成態的にあるとき,建設されているオイコドメイタイのであり,これは建設オイコドメーシスである.学習,治療,身体の回転,跳躍,成熟,老化も同様である.

[201a19] 幾つかのものどもが可能的にも完成態的にも同じものなので––ただし同時にそうであったり,同じ仕方でそうであるわけではなく,むしろ例えば完成態的には熱く,可能的には冷たいのだが––,多くのものは既に,作用しており,互いから作用を受けているだろう.というのも,全てのものは同時に作用しうるものでもあり,作用を被りうるものでもあるから.したがって,自然的に運動させるものも運動しうる.というのも,そうしたものは全て自ら運動しつつも運動させるのだから.そこで,「全ての運動させるものは運動する」と或る人々には思われているが,しかし実際のところ,このことについては,他の事柄から,どのようにあるかということが明らかになるだろう (というのも,運動させるが運動しない何かがあるから).他方,可能的にあるものの完成態は,完成態的にありつつ,それ自体としてではなく,運動しうるものとして現実活動するとき,運動である.私が「としてヘーイ」と言うのは,次のことである.つまり,青銅は可能的に鋳像であるが,しかしながら青銅の青銅としての完成態は,運動ではない.というのも,青銅にとってのあることは,何らかの可能態にとってのあることと同一ではないから––仮に端的に説明規定に即して同一であったなら,青銅の青銅としての完成態は運動であっただろうから.だが上述の通り同一ではないのだ (反対のことどもについては明らかである.というのも,健康であることが可能なことと,病気であることが可能であることは異なる一方 (というのも,さもなければ,もし病気であることと健康であることが同一であっただろうから),基礎に置かれるもの,すなわち健康であったり病気であるものは,体液であれ血液であれ,一個同一であるから).ちょうど色も見えるものと同一でないように,同一でないのであれば,可能なものの可能なものとしての完成態が運動であることは明らかである.

[201b5] さて,運動があることは明らかであり,またこの完成態があるときに運動するのであって,それより先でも後でもないことが帰結することは明らかである.というのも,例えば建設されうるもののように,各々のものが,或るときは現実活動し,或るときはしない,ということがあってよいから.そして建設されうるものの建設されうるものとしての現実態は,建設である (というのも,建設されうるものの現実態は,建設であるか,家である.だが家であるときには,もはや建設されうるものではない.建設されうるものは建設される.したがって,現実態が建設であることは必然である).建設は或る運動である.しかし実際,同一の議論が他の諸々の運動にも当てはまるだろう.

要約

  • 可能的にあるもの X の,可能的にあるものとしての完成態 = 運動.
    • (a29ff.: 「X (e.g. 青銅) としての」ではない.)
  • 同一の X が可能的に F, 現実的に not-F である.したがって,多くのもの (e.g. X1, X2 ...) が,相互に作用し作用を受けている.
    • 自然的事物は全て作用し作用を受ける (運動させ,運動する).
      • (他方,別の考察が不動の動者の存在を明らかにする.)
  • 〈X の可能なものとしての完成態〉たる運動の前後に,その運動がないときがある.
    • 運動以前には X は単なる可能態にとどまる (e.g. 建設過程にいまだ入らない).
    • 運動以後には X はもはや「可能なもの」ではない (e.g. 建設可能なものが家になる).

先行研究

  • 「可能的にあるものの,そうしたものとしての完成態」: ἐντελέχεια must here mean 'actualization', not 'actuality' (Ross). 気持ちはわかるが,このように截然と区別できるかは不明.
    • Cf. Hussey: 'operation'.
  • Ross: 色が可視的であるには光などの追加条件が必要 (cf. De An. 418a31ff., De Sensu 439b11).
  • Hussey: 不動の動者以外の運動させるものは自ら運動させられる (cf. Phys. VIII.4-6; a primitive version in VII.1).
  • Hussey: The aim of [201b5ff.] seems to be to demonstrate that the definition works out correctly in a model case, that of building.