『自然学』III.1 #1 トピックの導入: 運動.運動は〈あるもの〉と同様にカテゴライズできる

Phys. III.1 200b12-201a9.


[200b12] 自然は運動と変化の原理であり,我々にとっての探究方法は自然についてのものであるのだから,「運動とは何か」を見逃すべきではない.というのも,探究方法が知られていないなら,自然も知られていないことは必然だから.運動について定義する人々は,引き続くことどもについて同じ仕方で論じることを試みなければならない.運動は連続的なものどもに属すると思われており,無限なものは連続的なもののうちに現れる.それゆえに,連続的なものを定義する人々も,「無限に分割可能なものが連続的である」として,無限なものの説明規定をしばしば一緒に用いることになるのである.これらに加えて,場所や空虚や時間なしに運動があることは不可能である〔と思われている〕.それゆえ,以上のことからして,また,これらは全てに共通のものであり,また普遍的であることからして,論じる人々がこれらの各々について考察しなければならないということは明らかである (というのも,特殊な事柄をめぐる考察は,共通の事柄をめぐる考察よりも後だからだ).そして第一には,既に述べた通り,運動について.

[200b26] さて,或るものは完成態的にのみあり,他のものは可能的にも完成態的にもある.或るものは〈或るこれ〉であり,或るものは〈これだけの数のもの〉,或るものは〈このようなもの〉であり,〈あるもの〉の他の諸カテゴリーにも同様にある.関係的なもののうち,或るものは超過と不足とに即して語られ,或るものは能動と受動とに即して,また総じて,運動しうる,運動させうるということに即して語られる.というのも,運動させうるものは,運動しうるものを運動させうるものであり,運動しうるものは,運動させうるものによって運動しうるものだから.運動は諸事物を超えてありはしない.というのも,変化するものはつねに,実体に即してか,量に即してか,性質に即してか,または場所に即して変化するが,これらの上にある共通なもの––我々が述べている通り,〈これ〉でも量でも性質でも他の諸カテゴリーのどれでもないもの––を把握することはできないからである.したがって,運動も変化も,以上述べられたものどもを超えるものの運動や変化ではないだろう.各々のものは二通りの仕方で万物に属する.例えば〈これ〉も (或るものはその形態であり,或るものはその欠如だから),質に即しても (或るものは白く,或るものは黒いから),量に即しても,或るものは完全であり,或るものは不完全である.場所についても,或るものは上に,或るものは下に行く,または,或るものは軽く,或るものは重い.したがって,運動と変化の種は,〈あるもの〉の種と同じだけの数あるのだ.

要約

  • 自然を研究する者は「運動とは何か」を考察 (定義) する必要がある.
    • ∵ 自然 := 運動と変化の原理.
  • 運動を定義する人は,これに引き続く諸概念も考察する必要がある.
    • 運動は連続的; 連続的なものは無限なもののうちに現れる.また場所・空虚・空間なしに運動はない.
  • 以上は共通の概念であり,個別概念より先に考察する必要がある.

  • 完成態的/可能的の区別,カテゴリーによる種別が可能.

  • 関係的な諸事物のうち,或るものは〈超過/不足〉の観点から語られ,或るものは〈能動/受動〉 = 〈運動させうる/運動しうる〉の観点から語られる.
  • (i) どの運動も或るカテゴリーに属し,(ii) どのカテゴリーにも或る運動が属する.
    • (i) 運動はつねに,実体・量・性質・場所のいずれかに即した運動である (それらを超えるものの運動・変化はない).
    • (ii) 〈あるもの〉の諸カテゴリーに反対者があるため,運動・変化も〔それらを始点・終端とするため〕同じだけの種がある.

先行研究

  • 関係カテゴリーは Δ15 に三分類が見られ,本箇所および Met. Ι には抜けがある (Ross).
  • Ross は πράγματα (b32) を things that change ではなく various respects in which things may change だと見なすが,むしろ後者の観点をもとに (運動の termini に関して) 前者まで言えるのではないかと思った.
    • Cf. Hussey: X の変化は being potentially F から being actually F (or the reverse) への変化であり,これによって運動の類が定まる.
    • Hussey は「πράγματα を超えない」を (ii) の論拠と見なすが,素直に読めば (i) の帰結である.いずれにせよ 'an anti-Platonist point' であることは疑いを容れない.
  • ここでも例のごとく,エンドクサを用いて議題設定の単に prima facie な論拠を述べている (Hussey).
  • κίνησις と μεταβολή の違いは III-IV 巻では重要ではない.ただし V.1 の規定によれば,厳密には後者の方がより包括的で生成消滅を含む (Hussey).

メモ

  • μέθοδος の意味が問題.Cf. Lennox (2015), およびその参照先.
  • 能動/受動は関係カテゴリーに収められている.他方,関係カテゴリーそのものの位置づけがどうなっているのか,検討の余地がある.