『自然学』II 8 目的論擁護の補助論証

Phys. II 8 199b7ff.


[199b7] さらに,動物が直ちに生じるのではなく,種子が最初に生じることは必然である.そして「第一に全一なるものが」というのは,種子のことであった.

[199b9] さらに,植物のうちにも〈何かのために〉はあるのだが,より分節化されていない.すると,植物のうちにも,牛から生まれた人面の動物のように,ブドウから生まれたオリーブ状のものもあるのだろうか,それともあらぬだろうか? というのは,〔そのような植物は〕奇妙であるから.しかしながら,動物のうちに〔人面牛があった〕とすれば,〔植物のうちにもそうした植物が〕なければならなかったはずである.

[199b13] さらに,種子においても,あらゆる仕方で生じるのでなければならなかった.だが,このように語る人は,自然的な事柄と自然とを全面的に破棄している.というのも,それ自身における何らかの原理から連続的に運動しつつ何らかの目的を達成する限りのものどもは,自然によってあるから.だが,個々の原理から個々の原理によって同一の事柄が生じるわけでも,偶然的な事柄が生じるわけでもないが,しかしながらつねに同一のものへと〔向かうのである〕.〈それのためにあるそれ〉やそのためにあるものは,偶然からも生じうる.例えば,「偶然からよそ者がやってきて,解放して立ち去った」と,––あたかもそのために彼がやってきてそうしたようであるが,そのために来たのではないときに,我々は言うからである.そしてこれは付帯的であるが(というのも,ちょうど先ほど我々が述べたように,偶然は付帯的原因に属するから),これが常に,あるいは大抵の場合に生じたときには,付帯的でも偶然から来るのでもない.何かが妨げるのでない場合には,自然的な事柄においてもつねにこのようにある.

[199b26] 動かすものが意志しているのだと見えるのでないなら,何かのために生成するのではないと考えるのは,奇妙である.そしてかりに木材のうちに造船術が内在していたなら,同様の仕方で自然によって作られただろう.したがって,技術のうちに〈何かのために〉があるとすれば,自然のうちにもある.〔それが〕最も明らかなのは,誰かが自分で自分自身を治療するときである.というのも,自然はこの人に似ているからである.さて,自然が原因であり,何かのためにという仕方でそうである,ということは,明らかである.