『自然学』II 8 #3 目的論擁護 (cont.),過誤の可能性

Phys. II 8 199a20-b7.


[199a20] しかし,〔自然的事象のうちに〈何のために〉があることが〕最も明らかであるのは,その他の動物の場合であり,それらは技術によってことをなすのでもなく,探求して,ないしは望んで,ことをなすのでもない.そこから或る人々は,クモやアリやそうしたものどもが,知性によって働くのか,あるいは他の何かによって働くのかを難問としている.だが,このようにして少しずつ前進すると,植物においても目的に対して有用であるものが生じていることが明らかになる.例えば葉は果実のための覆いに属する.したがって,自然本性によって,何かのために,ツバメはツバメの巣を作り,クモはクモの巣を作るのであり,植物は果実のために葉をなし,栄養のために根を上ではなく下に作るのであるのだから,自然的に生じ,またあるもののうちに,そうした原因があることは,明らかである.自然は二通りにあり,一方は質料としての自然,他方は形態としての自然であり,目的は後者であり,目的のために他のものどもがあるのだから,このもの,すなわち〈何のために〉は原因であるのだろう.

[199a33] 技術に即した事柄のうちには過ちが生じるのであり (というのも,字を書ける人が正しくない仕方で字を書くこと,医者が正しくない仕方で薬を飲ませることはあったからである),したがって,自然に即した事柄においてもそうであってよい,ということは明らかである.実際,技術に即した幾らかの事柄は,正しい仕方での〈何かのために〉がそのうちにある事柄であり,誤ってなされた事柄においては,何かのために試みられるがやり損なわれるのだとすると,自然的な事柄においても同様であって,怪物とは,あの〔自然的事物の〕〈何かのために〉をし損なったものなのだろう.したがって,始原からの構築においても,かりに,ちょうど現に種子が損傷したときそうなるように,何らかの原理が損傷していたために,何らかの規定と目的へと向かうことが可能でなかったなら,〔人面の〕牛の子供が〔生じただろう〕.

要約

  • 目的論の論拠3: 技術を用いるのでも,探究や意志を通じてでもなく (i.e. 知性によらずに),動植物は目的に適合したものを作る.
    • 目的は形相 (としての自然) に合致する.したがって,目的も原因だと言える.
  • 技術においてと同様,自然においても,過ち (目的の不達成) がありうる.