『自然学』II 7 自然学における原因探究

Phys. II 7.


[198a14] 原因があること,また数としては我々が述べただけの数あることは,明らかである.というのも,数としてこれほどを,〈何のゆえに〉は包含してきたから.というのも,不動のものどもにおいては,〈何のゆえに〉が最後には〈何であるか〉へと還元されるか (例えば数学的諸学において,「直」や「通約可能」やその他の事柄の定義へと還元される),あるいは,第一の動かしたものへ〔還元されるか〕(例えば,何のゆえに彼らは戦ったのか?––彼らが掠奪したことのゆえに),または〈何のために〉(支配するため),または生じたことにおける質料〔へと還元される〕.

[198a21] さて,諸原因がこれらのもの,これだけの数のものであることは,明らかである.原因は四つあるのだから,その全部を知ることが自然学者に属するのであり,〈何のゆえに〉を全部に還元しつつ説明するだろうとすれば,それは自然学的である––すなわち質料,形相,動かしたもの,〈何のために〉に.〔このうち〕三つは,多くの場合,一つのものに行き着く.というのも,一方で〈何であるか〉と〈何のために〉は一つであり,他方で〈そこから第一に運動があるもの〉は種の点でこれらと同一である.というのも,人間が人間を生むのであり,総じて動かされる限りのものが動かすのである (というのも,そうでなければ,もはや自然的ではないから.というのも,自分自身のうちに運動を有さず,運動の原理も有さないものが動かすのだが,それらは不動であるから.このことのゆえに研究は三つある––不動のものどもについての研究,動かされるが消滅しないものどもについての研究,滅びうるものをめぐる研究である).したがって,〈何のゆえに〉は質料へと還元するとき,また〈何であるか〉や〈第一に動かしたもの〉へと還元するときに説明されるのである.というのも,生成について人々はわけても次の仕方で諸原因を探究しているから––何が何の後に生成するのか,また何が第一になし,何が被ったのか.そしてこの仕方でその次の事柄をどこまでも探究しているのである.

[198a35] 自然的に動かす原理は二通りあり,そのうち一つは自然的な原理ではない.というのも,運動の原理を自らのうちに有していないから.こうしたものがあるのは,何かが動かされずに動かす場合である.ちょうど,全く不動のものや全ての事柄のうち第一のもの,または〈何であるか〉すなわち形態のように.というのも,〔後者も〕目的すなわち〈何のために〉であるから.したがって,自然が何かのためにあるのなら,それ〔=目的〕も知るべきであり,あらゆる仕方で〈何のゆえに〉を与えなければならない––例えば,あれからこれがあることが必然である (すなわち,あれから端的に,あるいは大抵の場合に或るものがある) ということや,これがあるだろうとすれば〔これがあることが必然である〕ということ (ちょうど諸前提命題から結論があるように),またこれが〈それであるとは何であったかということ〉であったということ,このようにあることがより良いからということ––端的にではなく,各々の本質存在に関係して––,といった〈何のゆえに〉を与えなければならない.

要約

  • 原因は四つある.
  • 自然学は四原因を全て扱う.
    • そのうち形相因と目的因は帰一的である.
    • またそれらと始動因も種の点で一致する.
      • およそ自然的事物は運動し,自分のうちに運動の原理を有するから.
    • これは先行する自然学者とは異なる探求方式である.
  • 自然物を動かす原理には,自然物と,自然物でないものがある.後者にあたるのは第一動者と形相である.
    • 形相も目的因として運動の原理となる.
  • かくして,様々な仕方で〈何のゆえに〉が与えられなければならない.
    1. X があるなら〔次に〕Y が必然的にあるときの X (始動因).
    2. Y が将来あるなら X が必然的にあるときの X (質料因).
    3. X の本質 (形相因).
    4. Y の本質存在に関係して X があるほうがよりよいときの X (目的因).