『自然学』II 6 #2 偶然・自発概念に関する結論

Phys. II 6 197b22ff. 正直なんだか分からないまま偶然論が終わってしまった.


[197b22] その証拠に,「空しくマテーン」とは,他のもののためにある事柄が,そのためにならなかったときに語られる.例えば歩くことが便通を良くするためにあるとして,歩いてもそうならないなら,空しく歩いた,歩行は空しかったと我々は述べるのである.なぜなら,このこと−−自然本性上他のもののためにあるものが,そのためにあり,そのためという本性を有するところのものを達成しなかったときの,そのものが空しいということだからである.かりに「太陽が欠けなかったのだから,沐浴は空しかった」という人がいたら,滑稽だろうから.というのも,日食のために沐浴したのではないから.まさにこのようにして,それ自体が空しくアウト・マテーン生じたとき,自発アウトマトンは名前に即している.というのも,石は人を打つために落ちたのではないから.ゆえに,自発から石が落ちたというのは,誰かによって,人を打つために落ちうるからである.

[197b32] 偶然から来る事柄と〔自発が〕最も隔たっているのは,自然に生じることどもにおいてである.というのも,何かが自然に反して生成したときは,偶然からではなく,むしろ自発から生じたと我々は語るのだから.しかしこれも異なるものである.というのも,一方〔の自発〕は外部にその原因があるが,他方〔の自然に反するもの〕は内部にその原因があるから.

[198a1] さて,自発とは何であり偶然とは何であるか,また互いを区別するのは何であるか,が述べられた.これらの各々は,運動の開始がそこからあるところのものどものうちの原因の方式に属する.というのも,つねに,自然的にある諸原因や,思考から来る諸原因に属するものであるから.だが,これらには無限に多くのものが属する.自発と偶然は,知性ないしは自然が原因となりうる事柄の原因である−−そうした事柄自身の何かが付帯的に生成するときには.そして自体的な諸原因に先行するものは何も付帯的ではない.なので,付帯的な原因は自体的な原因より先であることもないことは明らかである.したがって,自発と偶然は知性と自然より後である.したがって,自発がこの上なく天界の原因であると〔主張する〕なら,知性と自然がより先に,他の多くの事柄やこの万有の原因であることは必然である.

要約

  • 〔自発とは帰結したことを目的としない事柄であるという〕上記見解は,〔擬似〕語源論的に裏付けられる.
    • 「空しく」という言葉は,T のためにある事柄が,T のためにならなかった場合に語られる.
  • 自然に反する生成は自発だと語られる.ただし〔より正確には〕両者は原因が内部にあるか外部にあるかで異なる.
  • 偶然・自発は始動因に属する.
    • これらの結果は,自然的原因・思考から来る原因の結果だから.
    • ただし,偶然・自発は付帯的原因である.ゆえに,知性や自然が先行する原因である.