『自然学』II 6 #1 偶然は自発の一種である

Phys. II 6 197a36-b22.


[197a36] その一方で,〔偶然と自発の両者は〕異なっている.なぜなら,自発はより多くの事柄についてあるからだ.というのも,偶然から来る事柄は全て自発である一方,自発が全て偶然から来るわけではないから.というのも,偶然や偶然から来る事柄とは,幸運であることや,総じて行為がそれらに帰属する限りのことどもであるから.このことゆえに,為しうる事柄についても偶然があることは必然であり (その証拠には,幸運は幸福と同一であるか,それに近いものであると思われており,幸福とは何らかの行為である.というのも,うまく為すことであるから),したがって,行為するのであってはならない限りのものどもは,何か偶然から来る事柄を生み出すこともない.そしてこのことゆえに,無生物,獣,幼児は,偶然から何かを生み出すことはない.なぜなら,選択をもたないからである.幸運も不運もこれらのものどもには帰属しない,類似性に基づいてでなければ−−ちょうどプロタルコスが,「祭壇のもとになった石材は尊崇されるのだから幸運であるが,一方それらの片割れは踏みつけにされるのである」と述べたように.行為者がそれらに関して偶然から何かをなすときは,偶然から被るということも或る仕方でそれらに属するだろうが,他の仕方では,そのようなことはない.他方,自発は,他の動物や無生物の多くに帰属する.例えば馬が自ずとやって来たと我々は述べるが,それは,やって来ることで救われたのであり,救われるためにやって来たのではないからである.また三脚椅子が自ずと落ちたと我々は述べる.座るために立っていたのだが,座るために落ちたのではないからである.したがって,端的に何かのために生じている事柄のうちで,帰結した事柄のためにではなく,外側に原因がある事柄が生成したときに,「自発から来る」と我々は語るのだ,ということは明らかである.他方,「偶然から来る」と語るのは,自発から生じる限りの事柄のうち,選択を有するものどもによって選択されうるものに属するときである.

要約

  • 事象の外延としては 自発 ⊃ 偶然.
    • 偶然から来る事柄は,専ら行為に関わる事柄 (選択の対象) である.
    • 他方で,自発は,無生物や多くの動物に属する.

訳注

  • これまで ἐνδέχεται + inf. を「〜が許容される」と訳していたが,さすがに意味不明なので,これからは「〜であってよい」と訳すことにする (『前書』の今井・河谷訳に倣った).
  • τὸ αὐτόματον は簡潔に「自発」と訳すことにする.術語的含意を伝えるのは難しい.そういえば九鬼周造もこの辺りのことに触れていた (『偶然性の問題』2章10節).