『自然学』II 5 #2 前述の偶然規定はエンドクサに合致する

Phys. II 5 197a8ff.


[197a8] さて,偶然から来る事柄がそこから生成しうるところの諸原因は,無限定であることが必然である.そこからして,偶然は無限定なものに属し,人間には明らかでないものであるとも思われるのであり,或る仕方では,何ものも偶然から生成しうるのではないとも思われるのである.というのも,これら全ては正しく理にかなった仕方で語られているのである.というのも,或る仕方では偶然から生成するからである.というのも,付帯的に生成するのであり,偶然は付帯的なものとして原因なのである.その一方で,端的な仕方では何ものもその原因ではない.例えば,家の原因は建築家であり,付帯的に笛吹きであって,赴いて金銭を回収すること−−それのために赴いたのではなく−−の〔原因〕は,無限の,数多くの事柄である.というのも,何かを見ようと欲して,あるいは追跡し,逃亡し,見物に行こうとして,そうするのである.そして,何か予期せざることを偶然であると主張するのは正しい.というのも,説明規定は,常にあることや大抵の場合にあることに属するのだが,偶然はそれらを外れて生じることのうちにあるのだから.したがって,このような諸原因は無制限にあるのだから,偶然も無制限にある.

[197a21] 若干の事柄について,同様の仕方で,偶々あることどもが偶然の原因となるかどうかを,ひとは行き詰まりとするかもしれない.例えば風か太陽の熱かが健康の原因であれ,髪を刈っていたことはそうではない.というのも,付帯的な諸原因のうち,或る原因は他の原因より近いからである.

[197a25] 何か善いことが結果するとき,テュケーがいいと言われ,何か悪いことが結果するとき,運が悪いと言われ,これらが重大であるとき,幸運とか不運と言われる.このことゆえに,あと少しで大きな悪や善をつかんでいたということも,運が良いこと,悪いことなのである.なぜなら,それが起きたかのように思考は語るからである.というのも,あと少しであったことは,あたかも全く隔たっていないかのように思われるからである.さらに,幸運は定かならぬものであるというのも,理にかなっている.というのも,偶然は定かならぬものだからである.というのも,偶然から来る事柄はどれも,常にあることも,大抵の場合にあることもできないからである.

[197a32] そこで,両者とも,すなわち偶然も自発的な事柄も,上述の通り付帯的に,すなわち端的にでも大抵の場合にでもなく生じることが許容される事柄において,原因なのであって,これらに,何かのために生じうる限りの事柄が属するのである.

要約

  • 偶然から来る事柄の原因の数は無限にある.そこから,以下の考えが生じる:
    1. 偶然は無限定であり,
    2. 人間にとって明瞭でない.
    3. 偶然から生成するものはない.
  • これらの考えは正しい.
    1. 偶然から来る事柄の原因は無数にあり得る.
    2. 偶然は常には・大抵の場合にはないことなので,予期せざることである.
    3. 端的には,何ものも偶然から来る事柄の原因ではない.
  • アポリア: 偶々あることが全て偶然の原因とはならないのではないか.
    • 付帯的諸原因にも遠近の違いがあるから.
  • 幸運の不確かさも,常に・大抵の場合にないことから説明できる.