『メタフュシカ』E4 真理としての〈あるもの〉は派生的である

Met. E4. E巻終わり.


[1027a17] 付帯的に〈あるもの〉についてはこれで終わりにしよう.充分に規定されたから.他方で,真なるものとしての〈あるもの〉や,偽なるものとしての〈ありはしないもの〉は,結合と分離がある限りで,また総じて矛盾言明対の割り当てに関してある (というのも,真理は一方で結合された事柄についての肯定言明,他方で分離された事柄についての否定言明であるのに対し,虚偽はこの割り当ての否定言明である.一緒にある事柄や分離した事柄をいかにして思惟することになるのか,ということは,別の議論である.私が言うのは,一緒にある事柄や分離した事柄を,継起的な事柄になる〔と思惟する〕のではなく,むしろ或る一つの事柄になる〔と思惟する〕ことであるが).というのも,虚偽と真理は,諸事態のうちにあるのではなく――例えば善は真理であり,悪はまさに偽である,というような――,むしろ思考においてあるのだが,単純な事柄つまり〈何であるか〉は思考のうちにもないのである.

[1027a28] したがって,このように〈あるもの〉や〈ありはしないもの〉について観照されるべきである限りのことは,後ほど考察しなければならない.他方で,連結と分離は思考のうちにあるのであって事態のうちにはないのであり,またこのように〈あるもの〉は支配的な仕方で〔〈あるもの〉〕とは異なるので (というのも,〈何であるか〉やどのようかということ〔=質〕やどれだけかということ〔=質〕やその他のことを,思考は連合させあるいは分離するのだから),付帯的なものとしての〈あるもの〉や,真なるものとしての〈あるもの〉は,これで終わりにしなければならない.というのも,前者の原因は限りがなく,後者の原因は思考の或る受動状態であって,どちらも〈あるもの〉の残りの類についてのものであり,〈あるもの〉の何らかの本性があることを外的に明らかにしないから.このことのゆえに,これらは終わりにしよう.他方で,〈あるもの〉としての〈あるもの〉そのものの諸原因や諸原理を探究しなければならない.[各々の事柄がどれほど多くの仕方で語られるのかということについて規定した論考において,〈あるもの〉が多様に語られるということは明らかであった.]

要約

  • 次に「真なるもの」の意味における〈あるもの〉を考察する.
    • 真理と虚偽は事態ではなく思考のうちにある.
      • 真理は思考における事態の連合と分離に存するから.
    • 他方,〈何であるか〉やその他の諸述定は結合・分離の対象であり,思考のうちにない.
    • したがって,それらがあることは真理に先行する.
    • したがって,真理としての〈あるもの〉も,〈あるもの〉としての〈あるもの〉ではない.
      • 後者の原因・原理の探究が必要である.

文献注

  • Kirwan: De Int. と異なり結合の構成要素は思考に属さないとされる (cf. Δ29).
  • Kirwan: 「継起的な事柄……ではなく,むしろ或る一つの事柄」というとき,後者において pale Callias (a conception) と Callias is pale (a belief) が明確に区別できていない.(両者の違いは De An. III 2, 6-7 で論じられる.)