笙野頼子『笙野頼子三冠小説集』

「タイムスリップ・コンビナート」「二百回忌」「なにもしてない」の三作を収める。旧作を文庫で出すために文学賞受賞作だけをまとめたのだという。著者の作品を読むのは『極楽・大祭・皇帝』に続いて二冊目で,こういう振れ幅のある作家だったのかと目が開かれた。この暗澹たる初期作品集を読んだのも随分前で記憶がおぼろげだが,そこから「なにもしてない」へと続く道は何となく視認できる。だが「タイムスリップ・コンビナート」はちょっと予想できない。

「タイムスリップ・コンビナート」は言語実験的な快作で,時空を伸縮させる自在な表現は「二百回忌」とも通じる。「二百回忌」は死人が蘇る奇妙な法事を描く短篇で,幻想的な祝祭が家族制度を徹底的に転覆する一時の晴れやかな雰囲気が漲っている。「なにもしてない」の舞台は平成二年,ひとり接触性湿疹をこじらせ引きこもりになっている小説家の「私」と,大量の警官を動員して行われる天皇即位式とが並行して描かれる。これは偶々だが読む時期がよかったと言うべきかもしれない。