アリストテレスの因果的説明と本質概念を再構成する コスリツキ「本質・因果性・説明」
- カトリン・コスリツキ (2015)「本質・因果性・説明」鈴木生郎訳,トゥオマス・E・タフコ『アリストテレス的現代形而上学』春秋社,347-380頁。(原論文: Kathrin Koslicki (2012) "Essence, Necessity, and Explanation" in Tuomas E. Tahko, Contemporary Aristotelian Metaphysics. Cambridge University Press.)
1. 序言
クワインの言う (批判する)「アリストテレス的本質主義」によれば,本質的真理とは必然的で de re な真理のことである。だが,アリストテレスはこれを認めないだろう。彼によれば,必然的真理 ≠ 本質的真理であり,必然的特徴 (propria) ≠ 本質的特徴である。つまり〈対象の本質に属すること〉と〈対象の本質から導かれるに過ぎないこと〉を区別する。
キット・ファインは,上記のような本質についての非様相的な捉え方が,様相的な捉え方より優れている,とする。だが,『分析論後書』における説明はファインの説明より良い。
2. 本質についてのファインの非様相的な捉え方
ファインは,ソクラテス (以下 Soc) と,ソクラテスを含む単元集合 (以下 {Soc}) を例に挙げて説明する。Soc と {Soc} の関係の非対称性は,以下のように定義される様相演算子 □_x を用いて表される。
- □_x A: A は x の同一性に基づいて真である。
これは x の実在的定義とも見なせる。これに基づけば,以下のうち,1-a 及び 1-c は真,1-b は偽である。
- (1-a) □ Soc は {Soc} の唯一の要素である。
- (1-b) □_Soc Soc は {Soc} の唯一の要素である。
- (1-c) □_{Soc} Soc は {Soc} の唯一の要素である。
ここからファインは「構成的本質 constitutive essence」とそこから導かれる「帰結的本質 consequential essence」を区別する。「Soc が {Soc} の唯一の要素である」という命題は Soc の帰結的本質であって,構成的本質ではない。"2=2" といった命題は「一般化による除去 generalizing out」によって帰結的本質から取り除かれる。*1
だが,ファインは「特有性」(propria) を適切に扱えていない。
アリストテレスの例。2-a は惑星の本質に属するが,2-b はそうではない。
- (2-a) 惑星は近くにある天体である。
- (2-b) 惑星は瞬かない。
2-a は 次の補助的前提と併せて初めて 2-b を導く。
- (2-c) 近くにある天体は瞬かない。
つまり,構成的本質だけから特有性を「論理的に」導出することはできない。 また,「構成的本質である ⇒ 特有性である」の「⇒ (導かれる)」を単に論理的帰結と取ると,「特有性である ⇒ 構成的本質である」も言えてしまうことになる。e.g.「(2-d) 瞬かない天体は近くにある」を補助的前提として入れることで (2-b) ⇒ (2-a) が言える。
3. アリストテレスの科学哲学における本質の因果的役割
3.1. 演繹,論証,定義
アリストテレスは「導く」を「論証 apodeixis」概念によって与える (『分析論後書』)。
S が p を論証によって知っている (epistasthai) iff.
- p が必然的であり,
- なぜ p が成り立つのかを S が把握している (p の成立の説明を有する)。
アリストテレスによれば,論証の中項は結論を説明しなければならず,それゆえ問題となる事象の種の定義に属さねばならない。「成功した定義と説明は,アリストテレスにとって,それぞれ本質および原因の言語的相関物である。」(p.363) ここから「特有性 ⇒ 構成的本質」は排除される。「(2-b), (2-d) ⇒ (2-a)」は,因果的先行性に基づく順序を捉えていない。
3.2 生物学におけるアリストテレスの説明法
ラクダの例。ラクダの特有性についての因果的説明は,ラクダおよびその他の存在者の本質に関する事実まで遡ることができる。
4. 結論
論証における含意の概念の非対称性は,記述される事象のあいだに成り立つ因果的順序に由来するのであり,あるタイプの事象を説明する科学的説明は,他の関連する事象の本質に関する事実に訴える必要がある。
*1:generalizing out が何をする作業なのかよくわからない。