高津『比較言語学入門』

最近ギリシア語方言の勉強をしていて,これを学ぶ際に基礎となる比較言語学の考え方をもう少し突っ込んで学ぶために入門書を読んでみた.共通基語の再建という作業の限界と,その限界内でなしうることとが解説されている.

初版は 1950 年刊行で,おおむね戦前の研究水準を示すものであるようだ.風間喜代三は「解説」で「内容的にいささかも変更すべき必要を認めなかった」(253) としつつ,戦後の研究状況として,ミュケーナイ文書の解読・アナトリア諸語の研究の進展を挙げ,また新たに言語類型論の視点の必要を指摘している.

それはさておき,祖語の再建というのが何をすることなのかということが基本的な部分から明快に解説されており,勉強になった.再建作業の限界とは,例えば第3章III節で説かれる「再建基語の非歴史性」(100頁以降) がそれである.すなわち「我々の比較方法は単に個々の事実をなんらの相関なく再建しうるのみであって,対応によって得た再建形が同一平面上にあるか否かは知る由もない」(103頁).本節ではこのことが φέρουσι に対応する諸言語の語尾・語根のデータから得られる諸々の再建形によって例示されている.これを初めて指摘した Schmidt (1872) は,Schleicher がしたような共通基語による文章執筆の試みを,時代も言語も異にする諸々の福音書から一節を訳すことに喩えたという (ibid.).したがって「文献的実在の言語であるかのごとくに」共通基語の再建を行うことはできず,むしろ何らかの原理を立てて「純粋にテオリーとしての基語」を立てる試みを現代の言語学者は行うのだという (その侃々諤々の議論は第4章に詳しい).