『自然学』A5 #1 反対のものを原理とする点で先行学説は正しい

Phys. 188a19-30.

[188a19] さて,全ての人々が,反対であるものを原理となしている ―― 全てが一であり不動であると述べる人たちも (というのも,パルメニデスも熱と冷を原理となし,それらを火と土と呼んでいるから),稀薄と濃密である〔と述べる〕人たちも,充実体と空虚である〔と述べる〕デモクリトスもそうである (それらの一方は存在者であり,他方は非存在者である,と彼は主張している)。さらに,位置,形,順序について〔反対であるものを,デモクリトスは原理となしている〕。これらは反対であるものの類である。位置には上下,前後があり,形には角張ったものと角のないもの,直と曲がある。

[188a26] それゆえ,全ての人々が反対であるものを何らかの仕方で原理となしていることは,明らかである。そしてそれは理に適っている。というのも,諸原理は互いからなるものでも,他のものからなるべきでもなく,全てがそれらからなるべきものだからだ。これらのことが,第一の反対であるものに属する。第一であることのゆえに他のものからは生じないし,反対であることのゆえに,互いからは生じない。

訳注

τὸ ἐναντίον: 反対であるもの,ἐκ ... εἶναι: 〜からなる。

  • 上記の訳語選択は後述の Judson 解釈*1に従っている。
  • 'ἔτι θέσει, σχήματι, τάξει' (a23-4) について,Ross, 488 は Metaph. 985b15 を根拠に 'διαφέρειν φησὶ τὸ ὄν' を補い,内山,Judson もそれに従うが*2,前後の文脈からすれば単に 'τἀναντία ἀρχὰς ποιεῖ' を補えば良いのではないかと思われた。

要約

  • 全ての論者が原理として反対であるものを立てている。
  • これは正しい。原理は (1) 互いからも,(2) 他のものからも出るべきでないが,(i) 反対かつ (ii) 第一のものはこの条件を満たすから。

内容注

Judson は A5 についてトピックごとに議論している。今回の箇所に関連するのは冒頭三節 (131-141),すなわち (I)「ἐναντίον をどう理解し翻訳すべきか」,(II)「188a19-30 における ἁρχαί についての様々な主張をどう理解すべきか」,(III)「「ἐναντία は互いから生じる」という主張と「生じない」という主張の緊張関係」。各節を簡単に要約する。今のところ全ての主張に納得している。特に2節の議論は重要。

  1. ἐναντίον は contrary というよりは opposite である。 contrary は現代的には論理的・形式的観念であり両立可能性の観点から定義される (この観念は Int. に由来する)。他方 ἐναντία は Cat. 10 および Metaph. I4-10 で論及されており,そこでは単に形式的な概念とは見なされていない*3もっとも,本章の ἐναντίον は術語的用法とは言い切れない。 例えば Cat. 10 は ἐναντία を ἀντικείμενα の一種とし,特に ἕξις/στέρησις という ἀντικείμενα と区別しているが,この区別は本章では無視されている。
  2. 「原理」は変化の原理のみならず自然的実体一般の原理である。 ここで挙げられるデモクリトスの諸原理は変化の終端ではない。むしろ「反対のもの」は基礎的な自然学的説明の諸図式を提供している。例えば:「X が F になるのは,空虚における充実体の運動による」「X が G であるのは,その原子が角張っていることによる」―― 後者は変化を含まない。したがって,『自然学』A巻の原理は φύσις 全般に関わる (cf. A1, A7)。
  3. a27-30 の ἐκ は「〜から構成される」を意味する。 まず解釈上,「この箇所では反対のものが ἐξ ἀλλήλων εἶναι でないと述べ,以降の箇所では互いから生じると述べている」という表面的な矛盾が問題になる。解決策としては,(α) 'εὐλόγως' が立場へのコミットメントを含意しない,(β-1) 前後で「反対のもの」を異なる意味で用いている,(β-2) 'ἐκ' を異なる意味で用いている,という選択肢が考えられる。だが (α) は無理。『パイドン』70d7-71a10, 1025ff. の議論との類比はむしろ (β-1) を支持する:「F なるものと G なるものが反対である」と「F と G それ自体 (属性 F, G) が反対である」の二義がある。だが属性の話と解釈すると 'ἐκ τούτων πάντα' (a28) が意味をなさない。したがって (β-2) が正しい: この箇所では ἐκ は be composed of を意味する。より詳しく言えば,ここで「X を構成するもの」とは,X を他のものから区別する X の (物理的・形而上学的) 部分の性質,ないし質料の性質 (の本質的特徴) である。

*1:Lindsay Judson, "Physics I.5" in Quarantotto 2018.

*2:Charlton は 'makes use of'. χρῆται?

*3:なおこれは Quarantotto 2018 の全 contributors の合意事項だという (246)。