ブルケルト『ギリシャの神話と儀礼』

講義録。ブルケルトはまず第I章で「神話」をいくつかのテーゼによって特徴づける。

  1. 神話は伝承された話 (traditional tale) の一種である (G. Kirk) (3頁)。
    • 「話」である以上は言語現象であり,言語の外側で創造されたものではない。
    • 「伝承された」ものである限り,その起源や創造主体を問うことは意味をなさない。
  2. 伝承された話は,特定のテクストや言語,また現実と独立にある; 話の同一性はむしろ話の意味の構造において見出される*1 (8頁)。
    • ブルケルトは大きな分析枠組みとしてプロップの理論を援用する: 話は不変的・有限な機能 (ダンダス: motifemes*2 ) の固定された連鎖である。(他方でレヴィ=ストロースの過度の形式化には概して批判的。)
    • なお,モチーフ素の構造の上に,話を明確で効果的にする (コントラストやシンメトリーを用いた) 付加的構造があるが (「結晶化」),この層は異文化間の伝達過程で解体される。
  3. 「動機素の連鎖としての話の構造は,基本的な,生物学的あるいは文化的なアクション・プログラムに基づいている」(28頁)。
    • したがって動物行動学の応用も考えられる。
  4. 「神話は,共同体的な意味を有している何ものかを副次的に部分的に指示している伝承された話である」(35頁)。

続いて第II章で「儀礼」を規定する。儀礼も神話同様アクション・プログラムに依拠するが,儀礼の場合はデモンストレーションの目的に再調整されており,また〈かのように〉の要素がある。動物の行動にもこれと類比的な側面が見られる。(e.g. 男根を象ったヘルマの里程標とサルのテリトリーの見張り行動 (61-3頁)。)

以上の分析指針を用いて,第III章以降では,ギリシャの具体的な神話と儀礼が,オリエントの資料も駆使しつつ分析される。スケープゴート儀礼*3 (第III章),ヘラクレス伝説 (とシャーマニズム的狩猟儀礼) (第IV章),アドニスとヒッポリュトス (第V章),デメテル (第VI章)。例えばV章5節の『ヒッポリュトス』論は,「ヒッポリュトス」「パイドラ」という固有名詞の語形や,アプロディテの復讐におけるポセイドンの役割――「もし私がアプロディテであれば,殺害のためのこの機構が正しく機能するとは確信できないであろう」(166頁)――から,エウリピデスにおいて結晶化された神話がオリエント的起源から生成した過程について刺激的な仮説を立てている。(ただどの程度安全な推論がなされているのか自分には判断がつかない。これは他の議論も同様。) 特に後半部はオリエント文化の固有名詞のオンパレードでやや飲み込みにくい議論が多かったものの好奇心を唆られた。

*1:'the identity of a traditional tale, including myth, independent as it is from any particular text or language and from direct reference to reality, is to be found in a structure of sense within the tale itself' (p.5).

*2:「動機素」と訳されているが,現在の定訳は「モチーフ素」か。

*3:話の本筋ではないが「陶片追放パルマコス儀礼の合理化された形式である」という Gernet の指摘 (106頁) が興味深かった。