『自然学』A3 #3 論理的分割に基づく一元論批判。エレア派批判の結論

Phys. 186b14-187a11. A巻3章終わり。次章から「自然学者」の検討に入る。


[186b14] 〈まさにあるもの〉が,何かほかの〈まさにあるもの〉へと分割されることは,説明規定の点でも明らかである。例えば,もし人間が〈まさにあるもの〉であるなら,動物も何か〈まさにあるもの〉であり,二足のものもそうである,ということは,必然である。というのも,もし〈まさにあるもの〉でなければ,付帯的であることになるだろうから。それゆえ,人間,あるいは他の何らかの基礎に置かれるものに〔付帯的である〕。だが〔それは〕不可能である。というのも,付帯的であるとも語られるのは,属すことも属さないことも許容されるものか,あるいは,それ〔P〕の説明規定のうちで,それに〔Pが〕付帯するところのもの〔S〕が属するところのもの〔P〕[,あるいは,それのうちで説明規定が,それに付帯するところのものに属するところのもの] だから。(例えば,〔人間から〕区別されたものとしての〈座っていること〉のように。他方,「凹み鼻」には鼻の説明規定が属する,「凹み鼻」が付帯すると我々が主張する限りで。) さらに,規定する説明のうちに内在するか,あるいはそれらからなる限りのものについては,全体の説明規定がそれらの説明規定のうちに内属しない。例えば,人間の説明規定が二足のうちに,あるいは,白い人間の説明規定が白のうちに内属しないように。したがって,これらのことどもがこのようであり,人間に二足が付帯しているのなら,それ自体離れてあることは必然であり,したがって,人間が二足でないことも許容されうる。あるいは,二足の説明規定のうちに人間の説明規定が内在することになるだろう。だが〔それは〕不可能である。というのも,それ〔=二足〕は,その〔=人間の〕説明規定に内在するから。二足や動物が他のものに付帯するなら,それら各々は何らかの〈まさにあるもの〉ではないし,人間は他のものに付帯するものどもの一つであるかもしれない。だが,〈まさにあるもの〉は何に付帯するものでもないとしよう。そして,〔二足と動物の〕両者がそれに関してあるところのもの〔である人間〕について,それらからなるところのもの〔二足動物〕も語られるとしよう。では,全てのものは分割不可能なものからなるのか?

[187a1] 幾人かの人々は,両方の議論に屈した。すなわち一方では「〈あるもの〉が一つのものを意味表示するなら,全ては一つである」〔という議論〕に対して,「〈あらぬもの〉がある」と認め,他方では二分法からの〔議論〕に対して,不可分な大きさを生みながら〔認めた〕。だが,「もし〈あるもの〉が一つのものを意味表示しており,矛盾言明が同時にはありえないなら,何ものもあらぬことはないだろう」ということが,真でないことは明らかである。というのも,〈あらぬもの〉が,端的にあるのではないが,何かであらぬものであることを,何ものも妨げないからである。「〈あるもの〉そのもののほかに,もし何かほかのものがあらぬだろうとすれば,全てのものは一つであることになるだろう」と主張することは,奇妙である。というのも,〈あるもの〉そのものを誰がそれと気付くだろうか,もし何らか〈まさにあるもの〉ではあらぬとすれば?もしそうなら,〈あるものども〉が数多くあることも,同様に何ものも妨げない,ちょうど既に述べられたように。したがって,〈あるもの〉がそのように一つであることが不可能なことは,明らかである。

訳注

OCT に従い b20-21 の一節を削除する。一種の dittography のようには見えるが,そもそも内容が取れなかった。

λόγος: 説明,説明規定,議論,χωριζόμενον: 区別された,μανθάνω: それと気付く。

  • λόγος を機械的に「説明規定」と訳していると 'τῷ ὁριστικῷ λόγῳ' (b23-4) でちょっと困る。また冒頭の 'τῷ λόγῳ φανερόν' も,単に「定義の点で」なのか,広く「論理的に」なのか,やや図りかねる。さしあたり前者で訳した。
  • οὗ (b20) の係り先がよく分からないが (ἐν τῷ) λόγῳ だと理解する。

論証構造

  • 〈まさにあるもの〉S は,他の〈まさにあるもの〉P, Q, ... へと分割されうる。
    • なぜなら,S の類や種差 P は付帯的ではないから。
      1. 付帯的とは,以下のいずれかであること。
      2. S-P も ¬S-P も可能である。
      3. P := "... S ..." である。
      4. また,A := "... B ..." なら,B := "... A ..." ではない。
    • e.g.) S: 人間,P: 二足。
      • このとき a ではない。
      • かつ「人間 := "... 二足 ..."」および 2 から,b でもない。
  • 以下の議論は誤っている。
    • 「〈あるもの〉が一義的なら,〈あらぬもの〉はあらぬ。」
      • 「端的にある」と「何かである」は区別できるから。
    • 「〈あるもの〉以外があらぬなら,〈あるもの〉は一つである。」
      • 〈まさにあるものども〉は (第一段落で論じたように) 多数でありうるから。

内容注

  • 'οὗ ἐν τῷ λόγῳ ὑπάρχει τὸ ᾧ συμβέβηκεν' とは APo. A4 の自体性II である (Ross)。
  • 「では,全てのものは分割不可能なものからなるのか?」: この一文の解釈につき Ross, 477-9. ただ正直よく分からない。
  • 「二分法からの〔議論〕」: ゼノンのパラドクス。(Ross, 479f.; Charlton, 63. どのパラドクスかは争いうる。)
  • 「幾人かの人々」: 原子論者 (Ross, 480f.)。

正直なところ論争のコンテクストがよく分かっておらず理解が浅い。細かい点は一旦保留にする。